雇用や賃金をめぐる、各国の経済政策の優先項目の違い。
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」。
私は見ていないのですが、登場人物の一人に田沼意次がいます。
この田沼意次、歴史の授業で何度は田沼意次の名前を耳にしていましたが、殆どが「金に汚い役人」「賄賂大好き役人」でした。
で、今回の大河ドラマの田沼意次を演じるのは、俳優、渡辺謙氏。
うーん、きっといい人として描かれるんだなって思ってしまいました。
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書名:『中央公論2025年6月号』
著者:中央公論編集部
出版:中央公論新社(2025.05)
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本誌は中央公論新社が発行する月刊総合雑誌。
本号の特集は
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特集:逆転の日本史
特集:グローバル化時代の終焉
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です。
トランプ関税。
その方向性をめぐっての日米の交渉。
日本は世界の中でも早々にアメリカとの交渉が開始されました。
当初は「これはアメリカが日本を重視している証拠」なんて論考を見られました。
交渉は2025年4月の第1回からスタート、2025年7月に7回目の交渉が終わりました。
そんな回を重ねた交渉だったのですが、その後、トランプ大統領は2025年7月7日、日本への書簡を公表し、日本からの輸入品に8月1日から25%の相互関税をかけると通知しました。
「これまでの自由貿易による被害者意識」が根底にあるようです。
渡辺努氏(経済学者、東京大学名誉教授)が連載の本号のタイトルは「自由貿易の犠牲者を救うのは、関税ではない 」。
<本文引用>------------
リカード支持派は、自由貿易により両国のすべての人々の生活を改善できると説く。本当にそうだろうか。貿易にメリットがあるのは間違いないが、それがすべての人に均等にもたらされるかというとその保証はない。不得手な分野は海外からの輸入の浸食を受け、その分野で元々働いていた労働者は職を失うからだ。
カギは彼らをいかにして救うかだ。リカード支持派は、その国の得意な分野で獲得した莫大な利益を増税で吸い上げ、それを不得意な分野の労働者に回すという所得補填を行えばすべての労働者の生活が改善すると説く。
ではそうした所得補填は実際に行われたのか。欧州諸国では概ね行われたと評価できるが、米国では不十分で、その結果、不得意分野(衣類や鉄鋼などのモノづくりの産業)で働く労働者と得意分野(金融や情報通信などのサービス産業)で働く労働者の間で著しい所得格差が発生した。トランプ再選を支え、関税引き上げを支持してきたのは不得手な分野で働く労働者たちだ。関税を引き上げれば中国からのモノの流入は止まるかもしれない。しかしそれによって米国の不得手な分野の雇用が復活するかと言えば、おそらくそうはならない。その分野で働く米国労働者の技能は劣化しており、その回復は一朝一夕にはできないからだ。格差解消の王道は、関税ではなく、リカード支持派の提唱する所得補填だ。(本文より)
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自国の産業の得意分野と不得意分野を補い合う効果があるのが「自由貿易」です。
ただ、不得意分野の産業が国内に全く問題が無ければいいのですが(実はそれはそれで問題ですが・・・)、少数ながらの不得意分野が産業として自国に存在しているケースがあります。
こうした不得意分野の産業従事者に国は何をしたらいいのか?
欧州諸国では充実した所得補填、アメリカでは欧州諸国のどではない所得補填。
では、日本は何をしたのか?
渡辺氏は賃金に手を付けたと指摘しています。
<本文引用>------------
一方日本は、米国とも欧州とも異なる第三の道を歩んできた。日本では不得手な分野の雇用が大きく減るということは起きず、これが格差の拡大を抑えた。そんな芸当がなぜ可能だったかと言えば、不得手な分野で賃金を抑制したからだ。日本は2000年頃から春闘での賃上げをやめ、賃金を毎年据え置くという「賃金デフレ」に向かった。辛うじて雇用は維持されたが、その代償として労働者の働く意欲が失せ生産性が低迷した。
米欧日が三者三様の国内事情を抱える中、自由貿易の旗を降ろすことなく、前に進むことができるのか。世界経済は大きな岐路に差し掛かっている。(本文より)
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何よりも雇用の確保が大切で、それは企業の成長よりも優先する。
先日読んだ『世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ』でも出てきました。
2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう』。
登場人物の一人、田沼意次を演じるのは名優、渡辺謙氏。
私が中学や高校で習った田沼意次はワイロにまみれた汚職役人で、水戸黄門の悪代官のボスキャラみたいな扱いでした。
それを、渡辺謙氏が演じるとは、それだけで田沼意次の扱いが想像できます。
特集「逆転の日本史」に磯田道史氏(国際日本文化研究センター教授)が寄稿する「倭国王帥升から田沼意次、田中角栄まで 歴史人物の評価はなぜ揺れ動くのか」。
<本文引用>------------
さて、鎌倉幕府の成立以降、武士=軍人の世の中になるわけですが、私の勤め先である国際日本文化研究センターの井上章一所長や、私の前任の笠谷和比古名誉教授なども述べているように、日本人の公家に対する見方は偏っています。
日本人の多くが自分たちの家系図を、源頼朝(1147~1199)を代表とする清和源氏に「仮託」(祖先であるかのように系図をつなげる工作)しているように、清和源氏は善玉の王者です。一方、公家はなよなよした情けない存在として描かれやすい。そのため平氏に対しては 「武士のくせに都市で贅沢をして飲弱になり、和歌なんか詠んで駄目になった」という歴史観を持ってしまいます。
しかし、 頼朝や義師(1159~1189)らは、親子兄弟で殺し合うなど「げつないこと」をさんざんやってきた一族です。歴史家からすると、鎌倉武士ほど恐ろしいものはない。対して、平清盛の一族の仲麗しいこと、友人になるなら、どう考えても、桓武平氏の一族のほうが良いに決まっています。
時代は武士の世です。武家政権を始めた源氏は、頼朝も家康も尊敬されました。明治になっても富国強兵教育です。武人はカッコ良いとする歴史が国民に教えられてきたのでしょう。公家はエッチで情弱で金に汚く、顔は白配りのイメージとなりました。(本文より)
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武人はカッコ良く、公家はエッチで情弱で金に汚く顔は白配りって・・・。
でも、私もそんなイメージ持っていました・・・。
そんな武人の代表格と言えば、何といっても織田信長。
私がこれまで出会ってきたハラスメント系上司の多くは、ご自身を織田信長に重ねる傾向が強くて、正直、笑ってしまいました。
サラリーマンしてて威張る相手は格下の部下ばかりの人間が織田信長って・・・。
盛りすぎですね。(笑)
そんな織田信長に対する論考。
特集「逆転の日本史」金子拓氏(東京大学資料編纂所教授)が寄稿する「織田信長 ――本当に全国統一をめざしたか」。
<本文引用>------------
日本における歴史上の人物のなかでも、織田信長は1、2をあらそう人気を誇ると言ってよく、それはいまなお衰えを知らない。
なぜそれほどまでに信長は好まれるのか。
新しい時代を切り開いた革命児。それまでにない画期的な政策を打ち出して支配地域を富ませ、その富を背景に鉄砲などの武器を用いて戦国時代のいくさをも一変させた天才的な軍事能力の持ち主。神をもしのぐ絶対的な権力を志向し、カリスマ的な存在感で家臣たちを統べ、敵対する者に対しては容赦なく徹底的に討ち滅ぼすような峻厳さと酷烈さを発押した権力者。彼が実施した新しい政策は、戦乱の続く中世を終わらせ、徳川家康による江戸幕府へとつながる新しい時代をもたらした・・・・・・。「全国統一」の道半ばにして、家臣であった明智光秀の謀抜により最期を遂げた悲劇性も、彼の人気に拍車をかけている。(本文より)
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織田信長が目指した全国統一。
この全国統一は織田信長の印章に書かれた「天下布武」という文字からきているという話を習いました。
<本文引用>------------
かつてわたしは、「織田信長は本当に全国統一をめざしていたのだろうか」という疑問から始まる本を書いた。そこでは、あえて「天下統一」とせずに「全国統一」と表現した。というのも、「天下」ということばが指す意味に再考を迫る歴史学者・神田千里氏の研究が念頭にあったからである。天下には日本全国をあらわす意味ももちろんあったが、 多くはより限定的な、京都を中核とする五畿内とその周辺、当時は室町幕府将軍が管轄していた地域を指す場合も多かったという。
とすると、信長がみずからの印章に刻んだ有名な文言「天下布武」についても考え直さなければならなくなる。これが全国統一を含意することばであるなら、この印章を用いて大名たちに書状を出すことは宣戦布告のようなものである、と神田氏は指摘する。
つまり天下布武とは、将軍候補である足利義昭を連れて入京し、畿内を平定して凱旋するという一連の戦争を遂行し、将軍を中心とする畿内の秩序を回復させることを指す。これは信長が義昭とともに上洛した永禄11(1568)年後半に実現をみた。天下布武が信長の政治的な標語であるとしても、それは上洛時点でなしとげられたのだ。
この上洛は、信長が中央政治の舞台に躍り出たできごととして知られるから、それがいかにも天下布武の起点であるかのような印象をもっている人も多いだろう。ところが逆に、上洛は終点なのであった。
それでは、天下布武達成後の信長の政治理念は何か。わたしは議論を一歩進め、それは「天下静謐(せいひつ)」であったと考えた。 天下静謐とは、畿内を中心とした室町将軍の支配領域の秩序を維持することであり、当時信長が発した書状などにも登場することばである。(本文より)
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うーん、なんか、昔習った歴史の授業とは大きく違ってるように思えます。
こうして歴史の評価って、アップデートされるんですね。
「昔勉強したからもう大丈夫」なんてことはなさそうですね。
◆頭の中でシンクロした他の完読作品
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■読んだきっかけ:『中央公論2025年5月号』中央公論編集部
■読んで知ったこと:雇用や賃金をめぐる、各国の経済政策の優先項目の違い。
■今度読みたくなった作品:『中央公論2025年7月号』中央公論編集部
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