自由主義国家対強権主義国家。
厚生労働省のHPには「最低賃金額以上かどうかを確認する方法」というページがあります。
賃金の支払い方法については
(1) 時間給制の場合
(2) 日給制の場合
(3) 月給制の場合
(4) 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
(5) (1)、(2)、(3)、(4)の組み合わせの場合
といったように5つの支払い方法を取り上げ、それぞれの確認方法と事例を教えてくれています。
(3)の月給制で、年間所定労働日数は250日、1日の所定労働時間は8時間の会社に勤務し、基本給150,000円/月、職務手当30,000円/月、通勤手当5,000円/月支給され、時間外手当35,000円支給され、合計が220,000円となった場合の時間給はこのように計算されるそうです。
①最低賃金の対象とならない賃金を除く。 220,000円-(5,000円+35,000円)=180,000円
②この金額を時間額に換算する。 (180,000円×12か月)÷(250日×8時間)=1,080円
この1,080円は最低賃金以上なのかどうかをチェックします。
この例ですと、月給22万円は時給に換算すると1,080円になるんですね。
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書名:『中央公論2025年5月号』
著者:中央公論編集部
出版:中央公論新社(2025.04)
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本誌は中央公論新社が発行する月刊総合雑誌。
本号の特集は
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特集:米露接近、国際秩序の転換点
特集:中間層の衰弱と民主主義の危機
特集:大阪の底力
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です。
ここのところ、新人議員に10万円の商品券を配ったことばかりが取り上げられる石破総理。
「“庶民の暮らし”を分かっていない!」と批判する声ばかりが目立ちますが、前総理の岸田氏の流れを受け、“庶民の暮らし”に直結する取り組みも行っているようです。
それが、最低賃金の引上げ政策です。
渡辺努氏(東京大学名誉教授)が寄稿する「それでもなぜ、最低賃金の引き上げが必要なのか」。
<本文引用>------------
中小企業には最賃近辺の賃金で働く労働者が多いので、最賃が引き上げられれば中小の賃金も自ずと上がる。政府はそこに注目し最賃引き上げの新機軸を打ち出してきた。かつては、毎年夏にその年の最賃を決めるというやり方だった。23年夏にその慣行を改め、 その年だけでなく、将来にわたる最賃を首相が約束するという方式を始めた。岸田文雄前首相は、当時約1000円(時給)だった最賃を30年代半ばまで段階的に引き上げ、10年後に1500円にすると約束した。石破茂首相はこの計画をもう一段加速させ、1500円を30年までの5年間で実現するとの意向を表明している。(本文より)
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同氏は最低賃金の引き上げを将来にわたって約束することの意義を解説します。
<本文引用>------------
最賃の先々の水準まで約束する意味はどこにあるのか。一つは、賃上げ交渉の際に労使の目線が揃い、高い賃上げが実現しやすくなる。一方、企業側は、中長期の経営計画を立てる際の労務費に目途が立ち、生産性向上投資に取り組むなど、必要な手立てを前もって講じることができる。それだけではない。最質の先々の水準を約束することは、人々の予想を望ましい方向に誘導する効果があるとの見方が、研究者の間で支持を集めている。
例えば、「将来、デフレ(物価下落)が続く」という予想を人々が抱いているとしよう。ここで、岸田前首相がそうしたように、今後一定のペースで最賃を引き上げていくと政府が約束したとする。その約束の下では、最賃だけでなくその周辺の賃金も同様に上昇していくだろうと人々は予想する。これは明らかに物価下落の予想と矛盾する。すると人々は、物価が下落するという予想がそもそも間違っているのではないかと疑念を抱き始める。こうしてデフレ予想を潰せる。(本文より)
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「将来、デフレ(物価下落)が続く」という予想ではなく、「将来、賃金上昇が続く」という予想なんですね。
ただ、こういう主張をすると、決まって「それって机上の予想でしょ!?」と言われそうですが、そんな反論を予想しているかのように同氏は切り替えしを用意しています。
<本文引用>------------
机上の空論に聞こえるかもしれないが、たぶんそうではない。最賃がそうした効果を発揮した事例があるからだ。今から約100年前、大恐慌期の米国ではデフレをいかにして止めるかが最重要の課題で、その際に当時のF・ルーズベルト大統領が活用したのが最賃だった。
当時米国では最質制度に反対意見が多く、制度は確立されていなかった。しかし、激しく下落する賃金の「底」を人為的に創ることを狙い、反対派を押し切って最賃制度を新設した。このときの一連の施策はデフレ予想の払拭に決定的に重要な役割を果たしたと言われている。(本文より)
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フランクリン・ルーズベルトって、ニューディール政策と第二次世界大戦への参戦くらいしか知りませんでした
施策案を考え、その施策と同様の施策が過去になかったか?、あったとしたら、その時の効果は?
これって、以前紹介した『月刊正論2025年3月号』で原英史(政策シンクタンク代表)が寄稿した「「178万円」めぐる国民民主党案6つの問題」を思い出してしまいました。
その時は、「失われた30年」の最初の10年間に次々を実施された所得税減税政策とその効果を紹介していました。(効果は、その後、「失われた30」のうちの20年が続くわけですから、その辺りは察しがつきますね・・・)
トランプ大統領の政策が次々と繰り出される中、その目玉政策の一つがロシアによるウクライナ侵略の停戦です。
これに対しては、一部で「トランプ大統領、なんかプーチン大統領に寄りすぎていないか?」なんて声も聞かれます。
岩井克人氏(神奈川大学特別招聘教授)が特集「米露接近、国際秩序の転換点」に寄稿する「覇権国の誤謬、基軸国の無自覚 アメリカの暴走と日本の世界史的な使命」。
現在の国際政治は、かつての冷戦時代の自由民主主義対社会主義という、二大イデオロギ ―の戦いから大きく変化していることを解説しています。
<本文引用>------------
かつての冷戦とは、自由民主主義対社会主義という、二大イデオロギ ―の戦いでした。ですが、現在、自由民主主義陣営に敵対している強権主義国家は、一つのイデオロギーで結びついているのではありません。
確かに北朝鮮やベネズエラは社会主義を標榜していますし、鄧小平時代に改革開放路線を採用した中国も、習政権下では社会主義イデオロギーを強めています。けれどもロシアはオリガルヒ(新興財閥)が支配する資本主義国ですし、イランにいたっては神政国家です。つまり、イデオロギー的には異質な国が強権主義国として連携しているのです。
自由主義対強権主義。
<本文引用>------------
これらの国の指導者の目的はただ一つ。みずからの強権を維持しつづけること。そのための最大の脅威は、 その強権主義を否定する「自由民主主義」――具体的には法の支配の下での言論の自由や代表民主制を柱とする「近代」社会の基本原理です。
ただ、かつての社会主義国のように、イデオロギーで対抗するのではありません。「近代」社会の基本原理を「西欧」社会にのみ固有な価値とみなすことによってなのです。すなわち、法の支配や言論の自由や代表民主制などは、人類普遍の原理ではなく、西欧諸国が非西欧諸国に対して覇権を広げるための手段にすぎないと切り捨て、その覇権によって踏みにじられた、自国に固有の価値を取り戻すことを使命に掲げています。中国は「中華民族の偉大な復興」を目指し、ロシアは「偉大なロシアの復活」を唱え、ベネズエラは「祖国、社会主義、あるいは死」をスローガンにしています。その最大の敵はもちろん、第2次世界大戦後、 自由民主主義陣営の盟主としての役割を果たしてきたアメリカでした。(本文より)
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強権主義国家が掲げる価値を紹介しています。
<本文引用>------------
ところが、そのアメリカに大きな変化が訪れます。16年、中露のそれと奇妙に呼応する「アメリカを再び偉大に」をスローガンにしたトランプが大統領に選出されたのです。法の支配や言論の自由や代表制議会政治などは、欧州かぶれのリベラル派エリートにとってのイデオロギーでしかないと侮蔑し、しかもプーチンや習近平やオルバンなど強権主義国の指導者に対する親近感を露骨に表明してきた人物です。それは、自由民主主義の旗頭であったはずのアメリカが、その内側で自由民主主義の普遍性を否定しはじめたことを意味しているのです。(本文より)
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中国 「中華民族の偉大な復興」
ロシア 「偉大なロシアの復活」
ベネズエラ「祖国、社会主義、あるいは死」
アメリカ 「アメリカを再び偉大に」
こうして
並べてみると。なんかめちゃめちゃ似てますね。
先日読んだ『アメリカの罠 トランプ2.0の衝撃』。
「2.0」がつくのは「トランプ」だけではありません。
同じく特集「米露接近、国際秩序の転換点」に細谷雄一氏(慶應義塾大学教授)が寄稿するミュンヘン、ヤルタ、スエズに学ぶ ニヒリズムの時代に規範を擁護する」では、いろんな「2.0」を紹介しています。
<本文引用>------------
中山教授が述べていたように、 「力がすべて」という突き放した見方には抗いがたい魔力がある。それでも日本は法の支配を重んじ、戦後の国際秩序を守る側に立つべきであると言い続けてきた。
現在起きていることの意味や影響を理解するために、いずれも20世紀半ばの出来事であるミュンヘン会談、 ヤルタ会談、そしてスエズ危機を取り上げたい。これらに類した「ミュンヘン2.0」「ヤルタ2.0」「スエズ2.0」とでも呼ぶべき事態がいま同時発生しているからだ。
まず挙げるべきは昨年9月号の本誌でも述べた、1938年のミュンヘン会議だろう。ドイツのヒトラー総統が、チェコスロバキアのズデーテン地方でドイツ系住民がチェコ人から「迫害されている」として、その「保護」のためにドイツへの併合を迫った。それに対してネヴィル・ チェンバレン英首相は「はるか彼方の、我々が何も知らない人たちの間の対立だ」として、ミュンヘン会談でドイツの主張を認めてしまった。
国際連盟の常任理事国であったイギリスやフランスが大国だけで会談を開き、国際連盟の規約に反して、加盟国であるチェコスロバキアの領土を同国の了解を得ずにドイツに割譲したのである。これは目の前の平和に何よりも高い価値を置くあまり、 国際秩序の根幹を支える規範を破壊するものだった。(本文より)
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「ミュンヘン2.0」「ヤルタ2.0」「スエズ2.0」
こうした場所が21世紀でも再び国際政治の注目ポイントになっているんですね。
そんな中、ヨーロッパはどう進んでいくのか?
岩間陽子氏(政策研究大学院大学教授)は特集「米露接近、国際秩序の転換点」に寄稿する「メルケルの負の遺産、東西の格差と分断…… ドイツ、そして欧州は米露に対抗できるか」で、そんなヨーロッパの中心国の一つであるドイツの現状を紹介します。
<本文引用>------------
なぜ東ドイツ市民はここまで違った行動を取るのか。原因は、全ドイツに共通する要因と、東ドイツ特有の要因とがある。
まず、全ドイツ共通要因から見てみよう。AfDに投票するのはどういう人か。さまざまな分析から、その輪郭が見えてきている。AfDに最も投票した年齢グループは35~44歳。女性より男性が多く、学歴の低い層で最も支持が高い。学歴が高くなるにつれ、AfD支持は顕著に下がっていく。職業的には労働者が最も多い。このような人が多く住んでいるところで、AfDの支持は高い。つまり東ドイツ地域は学歴が低い労働者の男性が多く住んでいるということになる。(本文より)
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教育の自由、移動の自由といった自由主義陣営の基本的な権利は旧東ドイツ国民に何をもたらしたのか?
<本文引用>------------
実は、統一後の35年間に、東から西への人口移動が起こっている。ドイツ全体の人口は、近年好調な経済に引き寄せられた移住者によって増加していた。しかし、その増加は全て西側である。1989年に西ドイツ人口は6270万人、東ドイツ人口は1640万人であった。2022年には、これが6800万人と1260万人に変化している。つまり、 西側が500万人以上増加したのに比較して、東は約380万人、人口を失っているのである。どういうことか。高い教育を受けた能力ある人、それに女性がどんどん都会へ、そして西側へと移動してしまうのである。残されるのは、比較的教育程度の低い男性ばかり。これは、ドイツだけではなく、旧共産圏全体に見られることではある。もっと言えば、日本の地方でも起こっているだろう。(本文より)
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このような状況を旧東ドイツ地域に残る旧東ドイツの住民は、どう感じていたのか?
<本文引用>------------
東西の格差は、さまざまな社会指標を拾っていくと明らかである。収入、就業率、住居の広さ。東ドイツ諸州にも、大企業の支店や支社はある。しかし、本社はほぼ例外なく西にある。出世コースに乗れば西で暮らせる。研究者も然り。優秀な研究者ほど、西で昔からステータスのある大学に就職したがる。世界的に比較すれば、東ドイツは、極端に貧しいわけでも、極湯に学力が低いわけでもないかもしれない。しかし、ドイツという政治空間のなかで、全てにおいて格差があることは、東側の住民には強く意識されている。
さらに、東西統一以来の歴史が問題を複雑にしている。次第に溶け合うどころか、東西の違和感は次第に増しているかもしれない。統一直後、東ドイツの多くの社会システムは崩壊した。それまで人々をつないでいた共同体が解体された。西側から乗り込んできた人々が新しい制度を作ったが、それはほとんど「植民地化される」ような経験であった。そして、ドイツの公式の記憶から東ドイツの40年が「消された」。
40年間と言えば、ほぼ日本の戦後昭和に等しい。そのなかに、濃密な時間が流れていたのである。しかし、統一により民族の正当な歴史は西側のものになった。 東側の人々の記憶の多くは、「全体主義国家のもの」として、廃棄物扱いであった。(本文より)
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そして、長期安定政権を築いていたメルケル政権をどのように見てたのか?
<本文引用>------------
「東にだってよいものはたくさんあった」――こういう話を、今回東側のいくつかの町で聞き取りをしたときに、多くの人から聞いた。問題は都市部よりも田舎のほうがさらに深刻である。メルケル氏の評判を聞いてみたところ、思ったよりはるかに悪かった。「もっと、東のためにできることがあったはずなのに」という言葉が多く聞かれた。
先に書いたように、メルケル時代は緊縮財政時代だった。防衛費に加え、地方の予算も切り詰められた。 少ないインフラ費用は都市部に投下され、田舎はどんどん寂れていった。
見捨てられ、打ち捨てられたという感情を抱いている人々に、AfDは寄り添った。大政党が票にならないとして行かないような田舎にまで出かけて行き、人々の話を聞き、ビールやコーヒーを振る舞い、昔の東ドイツの流行歌を流した。傷つけられた自尊心を包み込むような選挙運動を展開した。加えて、SNSを有効に使い、多くの人々にシンプルなメッセージを届けつづけた。理解しにくい政策ではなく、感情に訴えるイメージ中心のキャンペーンを行った。(本文より)
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このような状態の旧東ドイツ国民に対し、難民に対し寛容な政策を見せられたらどう思うか?
なんか容易に想像できますね。
◆頭の中でシンクロした他の完読作品
『中央公論2025年5月号』
『月刊正論2025年3月号』
『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実』
『難民問題 -イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』
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■読んだきっかけ:『中央公論2025年4月号』中央公論編集部
■読んで知ったこと:自由主義国家対強権主義国家。
■今度読みたくなった作品:『中央公論2025年6月号』中央公論編集部
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