『ゲンロン戦記-「知の観客」をつくる』

哲学者の悩み、企業経営者の悩み。


銀行員時代、たくさんの中小企業、零細企業を見てきました。
そこで自分なりに感じているのが 「10年会社を続けるってすごいなあ」 ということです。
まして、そこから、家族を養っているとしたら、もう尊敬に値します。
そんな風に思っている私は大学卒業から一貫してサラリーマンを志向しています。
それはこれからも続くと思います。

――――――――――――
書名:『ゲンロン戦記-「知の観客」をつくる』
著者:東浩紀(著)
出版:筑摩書房(2018.12)
――――――――――――

著者は批評家・作家で、株式会社ゲンロン創業者。
自ら創業したゲンロンの設立構想から、設立したあとの今日に至るまでの足跡を振り返ります。

「ゲンロン」とは、学会や人文書の常識にとらわれない、領域横断的な「知のプラットフォーム」の構築を目指して著者が創業した会社で出版、イベントスペース事業や、アート・カルチャースクール運営事業などを展開しています。


学者がアカデミックな場を飛び出し、アカデミックな場で展開した理想を実現することができるのか?
そんな壮大な実験のレポートです。

<本文引用>------------
だから、ゲンロン創業のころは、また創業後もしばらくのあいだは、ゲンロンは「コンテンツをつくる人間だけが集まる組織であるべきだ、経理や総務のような面倒な部分はすべて外注で賄うべきだ」と思っていました。それどころか最初は、2000年代のネット万能論の熱を受けて、「オフィスを構えるなんてもう古い、すべてオンラインで大丈夫だ」とすら考えていました。じっさい、ゲンロンは創業からしばらくオフィスがありません。半年近く経ってようやく小さなシェアオフィスの一角を借りましたが、それまでは打ち合わせも書類の捺印もすべて喫茶店でやっていました。五反田に安いオフイスビルを見つけ、従業員が働けて会議もできるようなオフィスを構えたのは、創業1年後のことです。
でもいまは、当時の考えがまちがいだったとわかっています。これから順に語っていきますが、会社の本体はむしろ事務にあります。研究成果でも作品でもなんでもいいですが、「商品」は事務がしっかりしないと生み出せません。研究者やクリエイターだけが重要で事務はしょせん補助だというような発想は、結果的に手痛いしっぺ返しを食らうことになります。(本文より)
------------------------

これ、まったく、同感です。
私はこれまでいわゆる上場企業3社に来ましたが、決まって「スーパー営業ドリームチーム」みたいな構想に遭遇します。
「スーパー営業ドリームチーム」とは、私が勝手に作った造語です。
例えば、営業部の中に営業1課、営業2課、営業3課があるとします。
当然各課の中にはトップ営業がいます。
こうした各課のトップ営業を集めて、特別営業課みたいな課を作るというもの。

  営業部              営業部
  ┣営業1      ┣特別営業課
  ┣営業2         ┣営業1
    ┗営業3          ┣営業2
                           ┗営業3

「重要クライアントはすべて特別営業課が担当、重要戦略案件はすべて特別営業課が指揮する!」といったもの。
まあ、あんまり、うまくいった話は聞かなかったり、新組織自体もいつも間にかなくなっていたりします。
たぶん思いついた上の人は「営業の成果は営業個人のパーソナリティに基づくもの」といった観念をお持ちかと。
でも実は「営業の成果」って、実は周りの事務スタッフは支えていたりするもので、そこを見ずに、営業担当者だけをひっぱてきても、なかなか思うような成果が上げられないケースが出てきてしまうのも容易に想像できます。

銀行員時代、たくさんの中小企業、零細企業と接してきました。
そうするといろんな人たちに出会います。

<本文引用>------------
Aさんが辞めたあと、社の放漫状態を正すのがぼくの仕事になりました。そんななか彼が結んだ契約がたくさん出てきた。Aさんは業者を呼んで、見積もりを取ったり話を聞いたりするのが好きだったみたいで、不必要な契約もたくさんありました。とくに笑ってしまったのが、ゲンロンカフェのネットワーク・セキュリティ装置です。妙に高額なリースだったのですが、なんの役に立っているのかと調べてみると、なんと電源が入っているだけでネットにつながれていない。掃除かなにかで外されて、そのあとだれにも気づかれず放置されていた。では契約を解除しようと調べたら、リースなので契約期間中に解除すると100万円単位の違約金が必要だという。結局だらだらと、装置を使わないままリース料を支払わされました。(本文より)
------------------------

「(誰もが知っている)○○物産でトップ営業やってた」
「(今はもう無い中堅の)△△証券で110億円動かしていた」
「(大手IT企業の)□□で50件のプロジェクトを回していた」
こうした前職の会社名と、そこでの華々しい経歴を名刺交換でとうとうと語る中途入社社員。
そして、数か月後、突然いなくなる中途入社社員。
まあ、中小企業、零細企業を担当していると、面白いくらいにたくさん出会います。

ちゅうほとんど、お笑いネタで、銀行で営業をやっていたらあるあるネタですね。

私が知っている中小企業・零細企業の経営者。
話を聞いている限り、その会社の誰よりも働いている印象です。

<本文引用>------------
ゲンロンはぼく自身が経営しているのだから、ぼくがぼくに「搾取」されているというのは変な話です。けれども、感情としてはそうとしか表現できない不満を感じていました。それはずっと抑圧していたのですが、その思いが急速に表面に上ってきたのです。ぼくはキャリアも捨て、名声も捨て、収入も捨て、この8年間、ずっとゲンロンに尽くしてきた。でもだれも評価しない。それどころか社員に恨まれている。もうこれ以上こんなものに関わりたくない、という気持ちに傾斜していきました。
それでもなんとか仕事を続けていたのですが、12月の第3週に、Eさんが合意していた退社日と関係なく、引継ぎもなく、出社を拒否してそのまま消えてしまいました。残されたのは、整理されずに箱に詰め込まれた領収書と、クリアフォルダに突っ込んだ状態で机のうえに積み上げられた契約書や請求書、そして有用なデータが残っていない会社支給のPCだけでした。ぼくは新しいオフィス(さきほど述べた代表用の別オフィスで、20183月に完成していました)の会議室にそれらを運び込み、徳久くんとふたりで、また2015年春のような地味な書類整理の仕事を始めました。今度はテプラがあったので、ラベルづくりは少し楽でした。
そして、翌週1日の月曜日の深夜、ぼくはついに耐えられなくなりました。ゲンロンを解散することにしました。ゲンロンなんてどうにでもなれという気持ちで早朝にツイートし、それから寝ました。起きて出社して、上田さんと徳久くんのふたりに会い、こんなことが繰り返されていてはぼくの人生はゲンロンに潰されてしまう、ゲンロンはだれも幸せにしない、きみたちにも悪いことをした、ぼくはもう辞めるからきみたちも自由にしてほしいと伝えました。ぼくは本気でした。(本文より)
------------------------

こういう悩み、企業経営者特集の、経営者でなければ理解できない悩みなんでしょうね。


私が著者を知ったきっかけは、2019年に愛知県で開かれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」。
この芸術監督の津田大介氏がどんな内容になるかを思わせぶりながら、著者に話している動画でした。
動画を見た印象では、津田氏は“ひと騒動”起こす気まんまんの様子。
実際に開催されて展示されたものが、慰安婦問題、天皇と戦争、政権批判など。
案の定、保守系の人たちから非難や抗議が殺到し、わずか3日間で展示が中止になりました。

そんな津田氏のエピソードも登場します。

<本文引用>------------
ただ、その過程ではもういちど体制変更がありました。開発が本格的に動き出してすぐの20198月に、津田さんが芸術監督を務めた「あいちトリエンナーレ2019」が保守系市民の反発を買い、大きな政治問題に発展するという事件があったのです。
ここでは事件については語りません。けれども、当時のやりとりで、津田さんはやはり「アクティビスト」であって、ぼくとは生きかたがちがうと思いました。それはそれで尊敬すべきですが、ぼくがつくりたいプラットフォームはそこまで政治色を強くしたくない。ぼくの考えを伝えて、津田さんにはシラスを離れてもらうことになりました。津田さんとは長いつきあいで、震災以後はとくに親しくしており、ゲンロンカフェにも何度も出てもらっていたので、寂しく辛いお願いでした。(本文より)
------------------------

私は基本的に表現の自由は大切だと考えています。
ですから、同じイベントで、津田大介氏は、左派陣営が開催中止に追い込んだ論客の講演、作家のサイン会、水着撮影会なども開催すればいいのになあって思いました。

でも、それをやらずに、「表現の自由」なんて普遍的なテーマを掲げる。
極めて、主催者側のイデオロギーや政治スタンス(強いて言うなら左翼的な思想)に合致する「表現の自由」を守るってことなのでしょうか。

自費でやるならだれも文句は言わないのでしょうに、自分たちのイデオロギーや政治スタンス(強いて言うなら左翼的な思想)だけを取り上げる一方で、公的な資金を投入させる。
正直、いち納税者としては何とも納得しがたい顛末でした。

<本文引用>------------
むしろ哲学はあらゆる場所に宿ります。だから読者のみなさんの人生のなかにも宿っています。ぼくは職業柄、そのようなものをいつも言葉にしています。だから本書で自分の10年を哲学の言葉で振り返ることができました。けれども、ほんとうはみなさんのなかにも同じような気づき、同じような試行錯誤があるはずです。そんなみなさんには、ぜひいちど、書籍でもカフェでも配信でもスクールでもいいので、ゲンロンのコンテンツに触れてほしいと思います。きっと、それらの「商品」を満たしている「誤配」に触れることで、自分のなかのなにかに気づくはずです。

ソクラテスは哲学者は産婆なのだといいました。みなさんのなかにすでにある哲学が生まれ落ちる手伝いをする。それが本来の哲学者の役割です。ゲンロンは、そのような意味で、つねに哲学の産院であり続けたいと考えています。(本文より)
------------------------

著者は哲学を現実社会の中で実践することを試みます。
そこでは、アカデミックな世界ではなかなか想像もつかないような、泥臭く人間の理想と本音と嘘が入り混じる世界が展開されます。

哲学を現実世界で実践しようと奮闘する著者。
哲学に精通している著者であっても、その過程で悩むことは起業家の創業期の悩みと何ら変わるとことがありません。

本作は哲学書としても、起業する前の心得書としても読みごたえがありました。
また、こうした背景を持ちながら哲学を語る著者のファンになりました。


◆頭の中でシンクロした他の完読作品
『ゲンロン戦記-「知の観客」をつくる』  
『世界は経営でできている』  
『伸びる会社、沈む会社の見分け方』
『未来をつくった人々 ―ゼロックス・パロアルト研究所とコンピュータエイジの黎明』 
『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝』
『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』

――――――――――――
■読んだきっかけ:書店店頭
■読んで知ったこと:哲学者の悩み、企業経営者の悩み。
■今度読みたくなった作品:『ゲンロン1 現代日本の批評』 東浩紀(編)他
――――――――――――

1053_ゲンロン戦記.png


ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ) - 東浩紀
ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ) - 東浩紀



Bookstart2.jpg





この記事へのコメント