『新版 メディアとテロリズム』

テロリスト、メディア、オーディエンスの共生関係。


20241019日、自由民主党本部に向けて、男が火炎瓶のようなものを複数投げ込みました。

男は車で逃走し、首相官邸前の車両侵入を防止する柵に突っ込んだ後、警察官に発煙筒のようなものを投げつけました。
警視庁は、その場で男を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕しました。

車内にはガソリンなどを入れたポリタンクが20個あったそうです。

身近に購入できるガソリンを使ったテロ事件。

2019年に発生した京都アニメーション放火殺人事件では、約15リットルのガソリンが使われました。

自民党を襲おうとした犯人、この京都アニメーション放火殺人事件を参考にしたのかなあって思いました。


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書名:『新版 メディアとテロリズム』

著者:福田充(著)

出版:新潮社(2023.09)

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著者は日本大学危機管理学部教授、同大学院危機管理学研究科教授。

テロリスト、メディア、オーディエンスの3つの共生関係を検証していきます。


ちなみにオーディエンスとは、大衆とか世論を指しています。


202278日に発生した安倍晋三銃撃事件。

元内閣総理大臣の安倍晋三が選挙演説中に手製銃で銃撃され、死亡した事件です。


ところが私が驚いたのはメディアによる報道です。

メディアは現行犯逮捕された山上被告の背景をご丁寧に調べ、彼の家庭環境を報じ、「やむにやまれず行った行為」として報道。

正直、テロ犯人の背景を調べ、「殺人はやむを得なかった」かのような報道に、正直、驚きました。


<本文引用>------------

事件後、テレビや新聞、ネットなどのメディアは、その後、山上被告の家族が経験した旧統一教会とのトラブルを連日報道し、その後、国会でも旧統一教会問題が議論され、宗教二世問題もクローズアップされることで、旧統一教会などのカルト宗教対策が重要 議題化した。これこそが、山上被告が安倍元首相を銃撃するテロリズムを起こした目的である。こうした旧統一教会の社会問題化は、山上被告が望み、仕組んだものであった。 メディア報道は、山上被告の捜査過程での供述によってコントロールされ、山上被告の テロリズムの目的達成に結果的に加担したのである。

これを、「メディアとテロリズムの共生関係」と呼ぶ。メディアは山上被告の思惑に加担しようと思わなくても、ジャーナリズムのその社会的使命として事件の背景を徹底的に取材して詳細に報道する。それによって山上被告が旧統一教会によってどんなに悲惨な人生を送ったか、その実態をメディアのオーディエンスに伝える重要な役割を果たす。その結果、多くの市民が山上被告に同情して、山上被告の減刑を訴える署名活動に 大量の市民が賛同し、多額の支援金が集まった。これは、大義名分があれば、または追い詰められた個人であれば、暴力を用いて人を殺しても、情状酌量されるという日本的な伝統文化と深く繋がっている。安倍元首相を批判し続けてきた、「リベラル派」を自称する文化人たちの中にも、安倍元首相を批判する文脈で、この暗殺を正当化し、山上被告の行動を称賛するものも出て、大きな批判が生まれた。

このようにテロリズムとは、社会や市民を巻き込んだ「劇場型犯罪」であり、テロリストが自分たちの政治的目的を達成するために実行する政治的コミュニケーションとみなすことができる。(本文より)

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このテロ行為を賞賛したり、笑ったりする、議員や文化人がいることにも驚かされました。

では、メディアはテロリストをなんでも背景を調べて取り上げているのかと言えば、そこはオーディエンスの反応を予測して、取り上げるか取上げないかを決めています。


その一つとして、本作では、アメリカにおけるチベット問題とウイグル問題の取り上げ方の違いを紹介します。


<本文引用>------------

その後、雲南省の爆破テロ事件が発生したが、以後もテロ事件は続発した。北京オリンピックまであとわずかとなった八月四日には、新疆ウイグル自治区カシュガルの国境警備を担当する武装警察の詰め所で爆弾テロ事件が発生し、警官一六人が死亡した。テ ロリズムとテロ対策の報復の連鎖の発生である。これが負のスパイラルを拡大させていく。さらに八月一〇日には、新疆ウイグル自治区クチャ県でも爆弾テロが発生している。

オリンピックを目前にした中国において、ここまで過激化した闘争が発生していたことは、当時の日本社会でどれくらい認知されていただろうか。日本の新聞各紙は国際面の端に小さな記事でときどき伝える程度であり、テレビニュースでは多くは伝えられな かった。ましてや、アメリカのテレビ局や新聞社はほとんどこのニュースを伝えない。アメリカ国内ではニュースバリューがないからである。アメリカのメディアはチベット問題に対しては過剰に反応するが、なぜかウイグル人の問題に対しては黙殺する傾向が ある。その理由は、二つ考えられる。一つは、アメリカのハリウッド映画で、ブラッド・ピット主演『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の一九九七年のヒット以来、ハリウッドスターなどのセレブを中心にアメリカ社会の中でチベット問題が注目されたことが挙げられる。チベット問題はアメリカ国内で一時「流行」したのである。そして二つ目は、ウイグル人が、「テロとの戦い」の文脈の中でアメリカと敵対する勢力であるイスラム教徒だということである。実際、アメリカ政府は、チベット問題を「人権問題」と認識しているのに対して、このウイグル人による民族運動組織に対してはテロ組機による「テロ問題」として指定しているという実態がある。中国にとっては全く同じレベルにある少数民族による抵抗運動であるにもかかわらず、である。アメリカ政府のこのダブルスタンダードこそが、テロリズム対策の困難さを物語っている。(本文より)

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このアメリカのメディアの動きを中国は巧みに利用します。


<本文引用>------------

オリンピック開催中において、ウイグル人が起こしたテロ事件を即座に公表し、世界のメディアを通じて報道させたのは中国政府当局の思惑だった。つまり、中国はアメリ力を中心に世界が戦っている「テロリズム」という問題の被害者であるというイメージ付けを行い、そのテロ攻撃から北京オリンピックを守る役目があるという大義名分を世界のメディアを通じてアピールすることにより、「ウイグル人=テロリスト」というレ ッテル貼りに成功したのである。そこには、世界に情報を発信する世界のメディア、マ スコミをどちらが味方につけるか、というテロリストと政府の間のメディアを巡る主導権争いの構造が見て取れる。(本文より)

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もはやメディアにとって、テロリストの存在は、格好のコンテンツになっているようですね。


でも、メディアは1つではありません。

そして、資本主義の原理に従うがごとく、差別化が行われます。


<本文引用>------------

どの新聞、雑誌を見ても同じ内容、という状況がテロリズムにおいても発生する。これ によって、報道の多様性が失われる。報道の多様性が失われるということは、その意見 や態度の多様性、フレームの多様性が失われるということである。報道の多様性が失わ れることで、読者や視聴者などオーディエンスにおける意見の多様性が失われる。アメ リカにおいても、イラン・アメリカ大使館人質事件や、TWA847便ハイジャック事 件において、どのテレビ局も、どの新聞社も同じような報道を繰り返したことが批判さ れている。これは結局、テロリストによってメディア・ジャック、チャンネル・ジャッ クされたことと同じであり、これまでのテロ事件において何度も同じことが繰り返され てきた。(本文より)

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まずはメディアスクラム。


<本文引用>------------

⑤メディアスクラム(集団的過熱報道)

その結果、メディアスクラム(集団的過熱報道)という現象が発生する。テレビや新聞、雑誌などの多数のメディアが、事件の被害者、容疑者、関係者などに集中して殺到し、ある一定の期間、ある一定の地域に集結することで、プライバシーが侵害され、周辺の社会生活に混乱が発生することである。そしてさらには、メディア報道が同じ問題をテーマに一色に塗りつぶされる。八○年代以降のワイドショーから発生した現象と考えられ、二〇〇八年に再逮捕され獄中で自殺した三浦和義容疑者のロス疑惑など、テロリズムの問題だけには決して限定されないが、事件やスキャンダルなどの報道において 幅広く見られ、テレビではワイドショーの成長とともに問題が顕在化してきたといえる。まさにオウム真理教事件の報道の過熱ぶりはメディアスクラムと呼ぶにふさわしいものであった。(本文より)

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そして加熱した競争では、一線を越えようとする行動が出てきます。


<本文引用>------------

⑥誤報・虚報

こうした過熱した報道や視聴率競争によって、誤報、虚報が発生する。誤報は結果的に間違った情報を流すことであり、虚報とは事実に反する情報を意図的に報道することである。つまり嘘のニュースを流すことである。虚報は、これまでもワイドショーやニュース番組におけるやらせ問題や、新聞における捏造報道として問題となってきた。テレビでの代表例は、八五年のテレビ朝日のワイドショー『アフタヌーンショー』での「やらせ少女リンチ事件」である。また新聞での有名な事例は、八九年の「朝日新聞サンゴ記事捏造事件」である。これらの捏造という行為は、報道の倫理以前の問題である。また、九四年に長野県で発生した松本サリン事件においては、日本のメディア史上にお いてまれに見る誤報事件が発生した。この事件ではオウム真理教が散布したサリンによって犠牲者が出たが、実際は被害者である松本市在住の河野義行氏が、テレビや新聞報道において容疑者であるかのような報道が繰り返されたのである。その翌年三月に地下鉄サリン事件が発生し、その犯行がオウム真理教によるものであることが明白になった後、新聞などのメディアは河野氏に正式に謝罪した。このような誤報はメディア報道において決してあってはならない。テロリズムとメディアの問題には、こうした側面もある。(本文より)

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本作、テロリスト、メディア、オーディエンスの3つのプレーヤーがどんな立ち位置で誕生し、それがどのような現在の共生関係に至ったのかを明らかにしています。

こうした共生関係は報道の自由、表現の自由、経済の自由が確立している自由主義陣営では、ある意味、必然的に発生するものかもしれません。

こうした共生関係を、逆に報道の自由や表現の自由や経済の自由が確立していない権威主義陣営が巧みに利用している事例にも驚かされました。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『新版 メディアとテロリズム』 

『朝日平吾の鬱屈』

『警察庁長官を撃った男』 

『テロルの決算』

『狼の牙を折れ ―史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』


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■読んだきっかけ:BSフジ プライムニュースの著者の出演回。

■読んで知ったこと:テロリスト、メディア、オーディエンスの共生関係。

■今度読みたくなった作品:『政治と暴力 安倍晋三銃撃事件とテロリズム』福田充

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新版 メディアとテロリズム (新潮新書 1013) - 福田 充
新版 メディアとテロリズム (新潮新書 1013) - 福田 充











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