『ブレンダと呼ばれた少年』

自身の主張と、それを裏付ける科学実験との付き合い方。



「フェミニズム」。

あらゆる性差別からの解放を目的とした思想と運動のことです。

男女平等という考えに基づき、政治・制度・文化・習慣・社会的動向などにおいて、性差に影響されることなく、すべての人が平等な権利を行使できるよう主張することの総称です。

「男性嫌い」や「女性だけの優遇」という考え方と誤解されやすいですが、男女それぞれの権利を認め、多様性を尊重した社会を目指しているとしています。

私もまったく共感します。

でも「フェミニズム」を前面に出して主張する人って、なんか、Aさんの行為は糾弾するが、別のBさんが同じ行為をしてもダンマリ、そんなダブルスタンダード的なスタンスに見えてしまうんですよね。


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書名:『ブレンダと呼ばれた少年』

著者:ジョン・コラピント(著)、村井智之(訳)

出版:無名舎(2000.10)

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著者はニューヨーク在住のジャーナリスト。

性差は「生まれで決まる」のか「教育や経験で決まる」のかの主張の対決に巻き込まれた不幸にして男性生殖器を失った少年の苦難の成長をあ明らかにします。


1965年、ロン・レイマーとジャネット・シュルツに双子の兄弟ブルース・レイマーとブライアン・レイマーが生まれます。

双子の兄であるブルース・レイマーは手術の事故で男性性器を失います。

親は悩みます。

ブルース・レイマーを「男性器のない男性」として育てていくか、それとも、「性転換した女性」として育てていくか。


そんな夫婦は、「教育や経験で決まる」と主張するジョン・マネー博士(ジョンズ・ホプキンス大学病院の性科学者、心理学者)と出会い、その主張を聞き、「性転換した女性」として育てることを選びます。


<本文引用>------------

しかし注意深い読者であれば、半陰陽者たちの例で人間の性の発達をすべて説明できるという、マネーらしからぬ強引な主張に驚かれるだろう。実際、マネーはその本の半ばあたりまで、性の研究においてはつねにいらだたしいまでの制約が存在し、研究者たちが人間の性心理の分化という謎にたいする決定的な答えを導きだすのを妨げていると嘆いている。「ジェンダー・アイデンティティの分化は性染色体や出生前のホルモンパターン、あるいは出生後のホルモンレベルによってあらかじめ定められているわけではないという仮説を証明する究極の実験は、正常な新生児を使った実験に動物実験と同じ倫理的な自由が与えられれば、すぐにでも実行に移されるだろう」とマネーは書いている。

「計画的な実験が倫理上問題外ということであれば、研究者は、たとえば正常な男の子の赤ん坊が包茎切除手術における事故でペニスを失うといったような、予想外の機会を利用するしか方法がない」

そしてそんなおり、マネーは発育上正常な赤ん坊にたいして実験を行う「予想外の機会」が訪れたことを明らかにした。当然そんな絶好の機会を逃す手はない。マネーは、けがを負った赤ん坊の両親が、自分たちの息子を外科的処置により女の子に変えることに同意した説明し、さらにその症例が「きわめて異例」であることを指摘した。もちろんそれは、問題になっている子供が一卵性双生児の兄弟のひとりだったことである。この事実が意味する重要性は、マネーの読者も、米国科学振興協会のも理解することができた。つまりマネーは、自分の実験に、生物学的に限りなく等しい一組の子供を使ったというわけである。そのふたりの子供の生命は同じ原始細胞から発生し、DNAには同じ遺伝子の青写真が刻まれ、脳と神経系統は子宮のなかで同じホルモンの影響を受けて生まれた。要するに、対等のペアとしては究極のふたりということになる。(本文より)

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ブルース・レイマーは男子の一卵性双生児。

遺伝的に全く同一の二人の男児の一方を教育や経験で女性とすることができれば、まさに、自身の主張を証明する格好のエヴィデンスとなるわかです。


<本文引用>------------

一九五九年にはカナダ人のチーム、一九六五年と一九六八年にはダイアモンド、一九六九年にはイギリス人のチーム、そして一九七〇年にはズーガーと、マネーにたいする度重なる批判によってさまざまな論議が沸きおこったが、結局そんな論議も、一九七二年の終わりに出版されたマネーの著書『男と女、男の子と女の子』によって完全に鎮められることになった。もちろんその決め手となったのは、この本のなかにおさめられた双子の症例に関する驚くべきである。(本文より)

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その内容は書籍化され、論争に決着をつけたかのような印象を世間に与えることになりました。


しかし、その実態はかなり違っていたようです。


<本文引用>------------

デイヴィッドは博士に反抗しようとした時のことをこう記憶している。「服を脱ぎなさいってあの人は言った。だけど、おれは服なんて脱ぎたくなかった。ただ、その場に突っ立てたんだ。そしたらあの人はいきなり叫び声をあげたよ。『脱げ!』ってね。いまにもむちで打たれるんじゃないかと思った。おれは服を脱いで、その場に突っ立って、ただ震えてた」私との別の対談では、ブライアンも同様の記憶を語った。「服を脱ぎなさい、いますぐ!」マネーはそう叫んだとブライアンは言う。

ふたりには知る由もなかったが、マネーが強引に要求した性器の比較は、マネーの理論上、子供たちが男の子として、あるいは女の子としての自己を認識する上できわめて大切なことであり、ブレンダの性転換が成功に終わるという点から見ても重要な意味を持っていた。実際、マネー自身も当時の診療記録のなかでこう強調している。「性図式における最も確固とした基礎は、男性と女性の性器、および生殖行為の違いであるが、われわれの文化はその基礎をなんとかして子供たちから剥奪しようとしている。すべての霊長目は若いうちに自分の性器や相手の性器に興味を持ち、マスターベーションをして、性器を押しつけあったり、交尾のまねをしたりして遊ぶ。霊長目には人間に近い哺乳類はもちろん、人間の子供もふくまれるが、これらの行為の唯一悪い点は、行為じたいを楽しまないことである」

だが子供たちは、無理やり強要されたそれらの行為を楽しむことはできなかった。とくに「性器を押しつけあったり、交尾のまねをしたりして遊ぶ」のは苦手で、ブライアンの記憶では、マネーがそれをはじめて強要したのは、ふたりが六歳のときだったという。マネーはブレンダを研究室のソファの上に四つん這いにさせ、ブライアンに姉のすぐうしろでひざ立ちになるように言い、その股間を姉の臀部に押しつけるよう命令した。「あの人は少なくとも一回、そんな状態にあるおれたちの写真をポラロイドで撮ったんだ」とブライアンは言う。(本文より)

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これ以外にも、このようなマネー博士の高圧的な態度と、それを拒絶しようとするデイヴィッド・レイマーの反応の描写が何度も登場します。


中心人物のデイヴィッド・レイマーですが、名前に変遷があります。

ブルース・レイマーは事故に会い、ブレンダ・レイマーとして育てられるも、自身は男性で生きることを決意し、名前も変え、デイヴィッド・レイマーとして生きることを選びます。

  デイヴィッド・レイマー(←決意←ブレンダ・レイマー←事故←ブルース・レイマー)


大人になり、過去をすべてしったデイヴィッドが過去と向き合うシーン。

ジャン=マリー・ヒュート(ブライアン・レイマーの手術で失敗した医師)に会いに行きます。


<本文引用>------------

そのあいだの数カ月、デイヴィッドは、自分の人生の進路をひどく変えてしまった事故について、考えるようになっていた。「デイヴィッドの人生におけるその段階で」とウインターは言う。「頭のなかにあったのは、銃が欲しいという思いだけだった。そしてその銃で、自分の人生をめちゃくちにした医師を殺そうと思っていた」ウィニペグのどんよりした冬が深まるにつれて、デイヴィッドが頭に描く復讐劇は、しだいに現実味を帯びるようになっていった。デイヴィッドはウィニペグの繁華街に行き、新聞配達で貯めた二〇〇ドルで、無許可の一九五〇年型ロシアン・ルガーを買った。そして二月のある日、ジャン=マリー・ヒュートが開業しているウィニペグのクリニックへと向かった。

「おれはポケットに銃を隠し持っていた」とデイヴィッドは言う。「そしてヒュートのクリニックのドアを開けた。ヒュートはおれを見て言ったよ。『さて、どうなさいました?』とね。『おれをおぼえてないのかい?』とおれは言った。するとヒュートは答えた。『いいや、おぼえてなくちゃならない理由があるのかね?』と。そこでおれは言ったんだ。『もっとよく見てみろよ』って。 そしてヒュートはようやくおれがだれなのかを悟ったんだ。静かにこくりとうなずいて。おれは銃を出してその頭を撃ちぬくつもりだったけど、ヒュートはいきなり泣きはじめたんだ。そんな姿を見て、おれは同情すら感じたよ。うなだれているやつに向かっておれは言った。『このおれがあんたのおかげでどんなにつらい思いをしたのかわかってるのか?』って。ヒュートは何も言わずに、ただそこに座って泣くばかりだった。おれはすぐにクリニックをあとにした。うしろで、『待ってくれ! 待ってくれ!』って言うのが聞こえた。でもおれは出ていった。そして川縁に腰を下ろして、ひとしきり泣いたんだ」

デイヴィッドは岩に叩きつけてを壊すと、レッド川に投げすてた。数日後、マッケンティにヒュートのクリニックに行って、「事故の件でやつを怒鳴りつけた」と白状したが、ポケットに隠し持っていた銃のことは言わなかった。(本文より)

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その医師に著者が取材をします。


<本文引用>------------

一九九七年の夏、私はヒュートに連絡をとったが、ヒュートはデイヴィッドのこの訪問について話すことを拒んだ。「それはもう一七年まえのことですから」と彼は言った。「もうずいぶん昔のことです」ヒュートはまた、どうしてその一五歳の少年が、殺人を考えるほど悩み、クリニックへと足を運んだのかも、いっさい聞きたがらなかった。包皮切除手術の事故についての質問にたいして、フランス語圏に住むカナダ人特有の強いアクセントで言った。「私はもう、そのことについてまったく話をする立場ではないんです。まったく」(本文より)

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ひょっとしたら、自分の発言によってはたデイヴィッドが殺人を犯そうとしたことを肯定することになるから、無言を貫いたのかな?、なんて思いました。



私が以前読んだ本で、「科学とは再現性だ」というのを知りました。

そのために膨大な事象を集めたり、アンケートをやったり、ミミュレーションをやったりするのが科学なのだと。


ですから、読んでいて、ジョン・マネー博士のデイヴィッドの事例だけで、なんで、「そうだそうだ」となってしまうのかが不思議に思いました。


<本文引用>------------

マネーのコメントは、少なくともふたつの理由で興味深い。ひとつは、博士自身、あるいはジョンズ・ホプキンス大学病院によって、その満足度なるものの率を示す体系的な追跡調査は過去に一度たりとも発表されておらず、マネーのこの発言から何年か経ったあとになっても発表されていないという事実。ふたつめは、発育上正常な男児がペニスを失った場合に、女子へと性転換させて成功させたという医師たちの能力についてマネーが語った時点で、幼児期から成人期まで追跡検査をしたその種の実験は、ブレンダ・レイマーの症例のみだったという事実である。もちろんその実験は、その七年前に、ブレンダがデイヴィッドになったことで見事に失敗した。(本文より)

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著者は続けます。


<本文引用>------------

たった一度の実験に基づく理論などありえないというのが、科学の第一原則とされている。この自明の理はもちろん、マネーが最初に報告した双子の症例の成功例についても言えるが、ミルトン・ダイアモンドがのちにその失敗を指摘したことにたいしても当てはまる。たしかにダイアモンドはデイヴィッドの症例が一度限りのことではなかった事実を例証しているが(博士は半陰者をふくむさまざまな症例において、同様の結果が生じていることを臨床と理論の両面から再三証拠立てている)、発育上正常な男の子が女の子に変えられてしまったケースについて、ひきつづき研究や追跡検査を十分に行ってからでないと、男か女か、あるいは男の子か女の子かを決定する要因が氏と育ちのどちらにあるのか、医学的に断言することはできない。

医療ミスによるペニスの切除という事故を前提とする症例は、当然のごとくまれである。しかし、デイヴィッドの症例が脚光を浴びて以来、実際にそのようなことが起こった場合はすべて、以前よりもいっそう厳密に追跡検査され、報告される兆しが見えはじめた。一九九八年二月号の『泌尿科学タイムズ』は、コロンビア北西部の都市、メデリンのアンティオキア大学でかつて小児専門の泌尿器外部長を務めていたバーナード・オチョア博士の論文を掲載した。オチョアはそのなかで、デイヴィッドのように手術の際の事故でペニスを失い、その後、去勢手術の形成によって女の子として再判定された男の赤ん坊の症例を取りあげているが、その結果はデイヴィッドの場合ときわめて酷似していた。「彼女とその家族は、広範囲にわたる心理的かつ社会的な援助を受けていた」とオチョアは報告している。「しかし、一四年後に思春期を迎えた彼女は、自分が女性であるとは思えないという理由から、男性として再判定されるよう要求した」

さらなるデータを追求する医師や研究者たちはおそらく、一九八五年、アトランタのノースサイド病院で起きたできごとにとりわけ高い関心を示すだろう。その年のある日、正常に発育した新生児(男性)ふたりが、電気焼灼器による包皮切除手術の失敗で、ペニスにひどい火傷を負った。一方の男児はペニスを完全に失い、もう一方はかなりの部分を失った。前者の場合、その男の子の両親は自分たちの子供を女の子に変えることに同意した。後者の両親は、子供に整形手術を受けさせ、人工ペニスをつけてもらうことにした。

こうしてまたもや百万分の一の偶然が訪れ、運命のいたずらによる予想外の実験が始まり、ふたりの子供は、実生活という実験室のなかで、理想的な対等のペアとして研究の対象となった。この実験を通して研究者たちは、ペニスの喪失という事にどう対処するのが最適なのか、つまり、性別再判手術か人工ペニス形成手術かを比較検討することができた。現在、このふたりの子供たちは一四歳誕生日を迎えようとしているが、プライバシーの問題もあって、子供たちの現状について多くの情報を得ることはできない。(本文より)

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ちなみにジョン・マネー博士は医師ではなく、ジョンズ・ホプキンス大学病院の性科学者、心理学者。

再現性問題が付きまとう心理学。


現在、大学で心理学を勉強するものとして、この博士のとった行為の数々は、改めて記憶にとどめる必要があると感じました。


◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『ブレンダと呼ばれた少年』

『大衆の狂気』 

『ポリコレの正体 「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは』


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■読んだきっかけ:Amazon

■読んで知ったこと:自身の主張と、それを裏付ける科学実験との付き合い方。

■今度読みたくなった作品:『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』アビゲイル・シュライアー

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ブレンダと呼ばれた少年 - ジョン コラピント, Colapinto,John, 智之, 村井
ブレンダと呼ばれた少年 - ジョン コラピント, Colapinto,John, 智之, 村井










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