「智に働けば角が立つ・・・」の締めくくりの文章とは。
作家の名前は知っているけど、その作家の作品をまともに読んだことがない作品は山ほどあります。
その一人が夏目漱石。
『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こころ』などなど。
タイトルは出てくるのですが、なぜか、どの作品もちゃんと読んだことがありません。
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書名:『草枕』
著者:夏目漱石(著)
出版:新潮社(2005.09)
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著者は日本の近代文学を始まりを代表する小説家であり、教師、、評論家、英文学者、俳人。
本作は、1906年(明治39年)に発表された作品で、温泉宿を舞台に、そこに泊まりにきた画家と、温泉宿に出戻った女性との交流を描いています。
書き出しです。
<本文引用>------------
やまみち山路を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい。(本文より)
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智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。
五言絶句、七言律詩。
中学の漢文で習いましたが、俳句や短歌同様に、流れるようなリズムがあって、好きです。
なんか、そんな漢詩を彷彿とさせる書き出しです。
「兎角に人の世は住みにくい」まで読んでみると、この主人公は、世を捨て、世を憂い、世をはかなんで、旅に出ているのかなって、想像できます。
<本文引用>------------
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯(ただ)の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶(なお)住みにくかろう。(本文より)
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締めの文章が「唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。」とは。
一見、世俗に対して斜に構えているように見せつつも、その世俗に対して肯定的でいる。
この現実感、なんとも言えません。
本作、至る所に漢詩を彷彿される、韻を踏んだような文体が其処彼処(そこかしこ)に登場します。
<本文引用>------------
空(むな)しき家を、空しく抜ける春風の、抜けて行くは迎える人への義理でもない。拒むもにのへの面当でもない。自(おのず)から来りて、自から去る、公平なる宇宙の意(こころ)である。掌(たなごころ)に顎(あご)を支えたる余の心も、わが住む部屋の如く空しければ、春風は招かぬに、遠慮もなく行き抜けるであろう。(本文より)
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そんな主人公の前に現れる一人の女性。
美しい人いだということは想像できますが、著者は「美しい」なんて形容詞ををのまま使うようなことをしません・
<本文引用>------------
それだから軽侮(けいぶ)の裏に、何となく人に縋(すが)りたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底に慎み深い分別がほのめいている。 才に任せ、気を負えば百人の男子を物の数とも思わぬ勢(いきおい)の下から温和(おとな)しい情けが吾知らず湧いて出る。どうしても表情に一致がい。悟りと迷(まよい)が一軒の家(うち)に喧嘩(けんか)をしながらも同居している体だ。この女の顔に統一の感じのないのは、心に統一のない証拠で、心に統一がないのは、この女の世界に統一がなかったのだろう。不幸に圧(お)しつけられながら、その不幸に打ち勝とうとしている顔だ。不仕合(ふしあわせ)な女に違(ちがい)ない。(本文より)
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この女性とのやり取り。
<本文引用>------------
「東京に居た事がありましょう」
「ええ、居ました、京都にも居ました。渡りものですから、方々に居ました」
「こことと、どっちがいいですか」
「同じ事ですわ」
「こう云う静かな所が、却って気楽でしょう」
「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ち様一つでどうでもなります。蚤(のみ)の国が厭になったって、蚊の国へ引越しちゃ、何にもなりません」
「蚤も蚊も居ない国へ行ったら、いいでしょう」
「そんな国があるなら、ここへ出して御覧なさい。さあ出して頂戴」と女は詰め寄せる。(本文より)
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なんか、書き出しの「唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。」につながってますね。
お見舞いに持っていく花でタブーな花と言えば「椿の花」。
なんでも、花がぽろっと落ちるんだそうです。(見たことないですが)
<本文引用>------------
見ていると、ぽたり赤い奴が水の上に落ちた。静かな春に動いたものは只この一輪である。しばらくすると又ほたり落ちた。あの花は決して散らない。崩れるよりも、かたまったまま枝を離れる。枝を離れるときは一度に離れるから、未練のない様に見えるが、落ちてもかたまっている所は、何となく毒々しい。又ぼたり落ちる。ああやって落ちているうちに、池の水が赤くなるだろうと考えた。花が静かに浮いている辺(あたり)は今でも少々赤い様な気がする。また落ちた。地上へ落ちたのか、水の上へ落ちたのか、区別がつかぬ静かに浮く。また落ちる。あれが沈む事があるだろうかと思う。年々落ち尽す幾万輪の椿は、水につかって、色が溶け出して、腐って泥になって、漸(ようや)く底に沈むのかしらん。幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬ間に、落ちた椿の為めに、埋もれて、元の平地に戻るかも知れぬ。又一つ大きいのが血を塗った人魂の様に落ちる。又落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。際限なく落ちる。(本文より)
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うーん、やはり「椿の花」はNGですね。
本作を読むと尾崎紅葉の『金色夜叉』などの同時代の作品が引用されたりと、文学界のネットワークがすでに形成されていることがうかがえます。
◆頭の中でシンクロした他の完読作品
『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り ―漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』
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■読んだきっかけ:『参謀の教科書』 伊藤俊幸
■読んで知ったこと:「智に働けば角が立つ・・・」の締めくくりの文章とは。
■今度読みたくなった作品:『こころ』夏目漱石
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