資本主義の膨張、国境、そして帝国主義。
私が1986年に入学した中央大学の経済学部には3つの学科がありました。
1つ目は「経済学科」、2つ目は私が在籍した「産業経済学科」、そして、3つ目は「国際経済学科」です。
今では当たり前の用語となっている「経済のグローバル化」。
当時高校生卒業したばかりの私の頭の中には、まだそんな概念はありませんでした。
――――――――――――
書名:『全体主義の起原 2 ――帝国主義』
著者:ハンナ・アーレント(著)、大島通義(訳)、大島かおり(訳)
出版:みすず書房(2017.08)新版
――――――――――――
著者は著名なユダヤ人思想家、哲学者。
本作は、第二次世界大戦勃発前の世界を覆った全体主義を「反ユダヤ主義」、「帝国主義」、「全体主義」の3部作で解明に挑みます。
本作は3部作の
第1部 反ユダヤ主義
第2部 帝国主義
第3部 全体主義
のうちの「第2部 帝国主義」です。
「帝国主義」。
英語では「imperialism」。
改めてその意味を調べてみました。
Wikipediaによれば、「インペリアリズムとは、一つの国家または民族が自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・支配・抑圧し、強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策。」なんだそうです。
国王など君主がいるかいないかは関係ないようですね。
「帝国主義」がなぜ生まれたのか。
著者は「資本主義」と「国境」の存在を指摘します。
<本文引用>------------
純粋に経済的な領域では、膨張は絶えず増大する工業生産の運動のリズムという現実の対応物があったため適切な原理であり得た。膨張は、事実として存在していた生産の成長と財貨消費の成長を意味していた。このような生産財および消費財の生産過程はそれ自体としては無限であって、己れの世界を生み、整備し、絶えず改良を加える加える人間の能力が続くかぎりは限界を知らない。十九世紀末葉に生産と経済成長が経済危機によって脅かされたときも、その厳密には経済的性質のものではなく、政治的条件から生じたものだった。つまり産業革命が一国の領土の限界いっぱいにまで達し、そして生産物の生産と分配はともに国境を越えた多くの民族に依存するようになったのだが、それらの民族はきわめて多様な異なった政治体制に組織されていたのである。
帝国主義が成立したのは、ヨーロッパ資本主義諸国の工業化が自国の国境きりぎりまで拡大し、国境がそれ以上の膨張の障害になるばかりか、工業化過程全体にとって最も深刻な脅威となり得ることが明らかになったときだった。経済自体に強いられてブルジョワジーは政治化した。工業生産の不断の成長に立脚する資本主義制度を存続させるためには、経済に必要な国民国家の対外政策の基本とさせるほかはなかったのである。「大企業と超国家組との精神が政治を捕えてしまった」(フリードリヒ・ナウマン)。(本文より)
------------------------
「資本主義」による経済の膨張が「国境」のギリギリまで拡大すると、国家は選択を迫られます。
「国境を越えないか?」
「国境を越えるか?」
「国境を越えるか?」を選び、そこに他国の侵略が加わることで「帝国主義」が誕生するというわけです。
「帝国主義」は武力を伴いますので、そこでは、国を追われる人たちが生み出されます。
著者はこれらを「無国籍」や「無国籍者」と呼びます。
<本文引用>------------
無国籍ということは現代史の最も新しい現象であり、無国籍者はその最も新しい人間集団である。第一次世界大戦の直後に始まった大規模な難民の流れから生まれ、ヨーロッパ諸国が次々と自国の住民の一部を領土から放逐し、国家の成員としての身分を奪ったことによってつくり出された無国籍者は、ヨーロッパ諸国の内戦の最も悲惨な産物であり、国民国家の崩壊の最も明白な徴候である。十八世紀も十九世紀も、文明国に生きながら絶対的な無権利状態・無保護状態にある人間を知りはしなかった。第一次世界大戦以来、どの戦争もどの革命一律に権利者喪失者・故国喪失者の大群を生み出し、無国籍の問題を新しい国々や大陸に持ち込むようになった。過去二十五年間のあらゆる国際会議にこれほど執拗に姿をあらわし、しかも満足すべき解決の見通しがまったく得られなかった問題は他に類がない。また現代政治のいかなるパラドックスも、善意の理想主義者の努力と、人々自身の状態との間の懸隔以上に痛烈な皮肉に満たされたものはない。理想主義者たちが、最も繁栄する文明国の市民しか享受していない諸権利を相も変わらず奪うべからざる人権と主張している一方では、無権利者の状態は同じように相も変わらず悪化の一途を辿り、第二次世界大戦前には無国籍者にとってまだ例外的にしか実現されない嚇(おど)しだった抑留収容所が、ついには“displaced perom"(難民・居場所なき人)の居住地問題のお決まりの解決策となってしまったのである。(本文より)
------------------------
国を追われた人たちが原因で起きる社会問題。
いわゆる原題でいうところの「移民問題」。
これは、第二次世界大戦前から、社会問題として取り上げられていたようです。
<本文引用>------------
各国政府が無国籍状態を防止するためにとった措置は何であれ、実際のもしくは潜在的な無国籍者の新たなグループを自動的に生み出した。一旦国が無国籍者にいわば襲われたら最後、新たな破滅的事件を俟(ま)つまでもなく無国籍者の数は確実に増していった。その拡がり方は疫病のようだった。なぜなら、すでに帰化していた人々――関係諸国のいずれにおいても数の上ではそれほど多くなかったが――が無国籍者の流入によって自分たちも無国籍になる危険に立たされたばかりでなく、すべての外国人の生活条件がこれらの新しい流入者によって決定的な影響を受けたからである。一九三〇年代になると外国人と無国籍者を見分けることはますます困難になってきた。しかも外国人は西欧諸国ではすでに全人口のかなりの率を占めていた。ほぼ一〇パーセントを占める外国人人口を抱えてヨーロッパ最大の移民国になっていたフランスは、不況時には失業を外国人労働者に押しつけて彼らを国境から追い出すという外国人政策を早くから採っていた。最後の大規模な強制退去は一九三五年にラヴァル政権のもとで行なわれ、ほぼ五十万に及ぶ外国人が強制的に本国に送り還された。無国籍者は当然にこの大量の対象にはならなかった。これを機として、残った外国人は無国籍が有利である場合もあることを知り、あらゆる手を尽くして無国籍に逃げ込もうとしたケースも多かった。(本文より)
------------------------
こうした「無国籍」や「無国籍者」はモッブによって、格好の栄養剤になりそうです。
<本文引用>------------
両大戦にはさまれた時期にはユダヤ人問題は少数民族問題と無国籍者問題を二つながらに含み、それらを典型的に代表していた。そのためこの時期にあってはまだ比較的容易にこの双方の問題の影響範囲の大きさを無視し、それらはもともと特別な掟に従っているユダヤ民族の運命にとってしか重要性を持たないと言い逃れることができた。こうして人々は特に次の点を看過してしまった。すなわちユダヤ人問題のヒトラー流の解決――まずドイツ・ユダヤ人をドイツにおける非公認の少数民族の地位に追い込み、次には無国籍者にして国境から追放し、最後にはふたたびひとり残さず寄せ集めて収容所に送り込んだ――は少数民族問題と無国籍者問題のすべてを現実に「処理」し得る方法を全世界に向かってこの上なく明確に示したということである。そして戦後になって明らかとなったことは、唯一の解決不可能な問題とされていたユダヤ人問題が解決され得たこと、しかもその方法は最初は徐々に入植しそれから力ずくで領土を奪うことだったこと、だがこれによって少数民族問題と無国問題が解決したわけではなく、その逆にユダヤ人問題の解決は今世紀のほとんどすべての出来事と同じように別の新たなカテゴリー、つまりアラブ人難民を生み、無国籍者・無権利者の数をさらに七十万または八十万人も殖やしてしまったことだった。そしてパレスチナの狭い土地で数十万人の規模で起こったことは、今度は広大なインド大陸で数百万という規模でくり返された。難民と無国籍者は一九一九―二〇年の平和条約以来、国民国家をモデルとして新設された世界のすべての国々に呪詛のようにまといついている。(本文より)
------------------------
「移民問題」。
とかく、「受け入れるか?」「受け入れないか?」の二択の議論になりがちですが、そう簡単に進めることができない問題なんですね。
◆頭の中でシンクロした他の完読作品
――――――――――――
■読んだきっかけ:『全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義』ハンナ・アーレント
■読んで知ったこと:資本主義の膨張、国境、そして帝国主義。
■今度読みたくなった作品:『全体主義の起原 3 ――全体主義』ハンナ・アーレント
――――――――――――







この記事へのコメント