『教育格差』

「意図的養育」と「放任的養育」。

私は2つ上の兄との二人兄弟。
高校は兄は県内トップ進学校に、私は残念ながら希望する2番めの進学校からはるかにランクが下がった高校に。
私は結果的に大学は希望の大学に入れました。
ただ、高校時代の学習環境。
今思い出しても、かなりしんどかったです。

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書名:『教育格差』
著者:松岡亮二
出版:筑摩書房(2019.07)
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著者は教育政策を専門とする早稲田大学准教授。
「社会階層と社会移動全国調査 (SSM調査)」を丁寧にひも解きながら、恐育における格差の実態に迫ります。


「社会階層と社会移動全国調査 (SSM調査)」
「The national survey of Social Stratification and social Mobility」の略で、日本の社会学者が1955年より10年に一度行っている社会調査で、社会階層や教育などの関係を調査しています。

著者は冒頭で「相関関係」と「因果関係」の違いを明言してます。

<本文引用>------------
本書についていえば、第1章は、主に大規模な社会調査であるSSMの2015年データ(2015SSM)を用いている。これは調査した時、その一時点の観察データだ。観察できていない要素が多くあるので、SSMデータによれば父と子の学歴に関連はあるが、これは相関関係(父子の学歴が同一もしくは近似している)としか言えない。父の学歴(以下、父学歴)と相関する観察されない要因が子の学歴(以下、子学歴)に影響を与えている可能性を排除できないので、因果関係(父学歴が子学歴に影響して いる)を立証しているわけではない。(本文より)
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本作で語られている内容はあくまで「相関関係」ですが、身の回りを見ると、何とも、これって「因果関係では?」って思ってしまうような、残酷なデータが次々と出てきます。

私は静岡の田舎出身で、もともと昔ながらの地元民が集まっていた地域に、国立大学ができ、さらに宅地開発が進んで上場企業などに勤めていた人たちが引っ越してきた、そんなような町というか村です。
ですから、小学校には、大きく分けると「地元民の子ども」「上流民の子ども」「大学教授の子ども」なんて感じでグループ化されていました。

「習い事」。
私は、兄に習って小学校のサッカーチームに入りました。
ただ、不思議なことにそのチームは小学校4年以上からでないと入れないというルールがありました。

<本文引用>------------
習い事は分かりやすい「意図的養育」の例だ。習い事の先生は、親と幼稚園・保育所以外で継続的に対話する大人ある。また、親ではない大人から課題を示され、期待に沿うように努力して、結果を評価されていることは、学校における教師・児童関係に似た経験と言える。この大人によって意図的に構造化された教育経験を積むことで子供は教育制度内において評価されり認知・非認知能力を発達させる(Lareau 2003、2011)。特定の技能の獲得だけではなく、学校経験を先取りし、目標に向かって努力する 過程に慣れ「適切な」姿勢を身につける機会だ。(本文より)
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うーん、「習い事」って、そういう効果があるんですね。


「意図的養育」と「放任的養育」。
親の養育の仕方には、親などは養育に積極的に介入する「意図的養育」と、「子どもは黙っていても育つもの」という感じであまり介入しない「放任的養育」があるそうです。

「意図的養育」では「あれ食べちゃダメ!」「これしなくちゃダメ!」なーんて積極的に子どもに言います。

<本文引用>------------
未就学の段階で「意図的養育」に基づいた子育てをする傾向にある両親大卒層は、入学時点で「読み書き」高学力である割合が高かった。両親大率層が日本全体に等しくばらばらに居住しているわけではないので、同じ公立小学校であっても「読み書き」力が高い子の割合が高い学校と低い学校が存在することになる。実際のところ、入学時点の「読み書き」高学力の割合が、1人もいない0%から半数を超える68%まで幅があり平均は39%だ(表3-18)。(本文より)
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小学校の入学式。
「みんな揃って一年生」って感じですが、すでに、頭のレベルはしっかり差が出ているようです。

<本文引用>------------
日本では生年月日で自動的に学年が決まり、私立小学校進学者を除けば「みんな」が近所の公立校に通うので、誰もが同じ条件で小学校生活を開始する――徒競走のスタートラインのような 直線の横並びを想起するからしれない。しかし、前章で述べた通り未就学段階で「生まれ(出身家庭・出身地域)」で様々な格差があるので、桜の季節に親に手を引かれ入学式の会場に足を踏み入れて戸惑った表情を浮かべる新1年生たちは、約6年間にわたって蓄積してきた異なる経験値を内在している。その上、公立学校はすべての人々に社会的上昇が可能な機会を提供する制度――(初期)条件の平等化装置として期待されているが(苅谷2014)、公立校であっても教育「環境 」が同じなわけではない。この「環境」格差について、本章では信頼できるデータを用いて多角的に描く。
結果を先取りすると、公立学校が平等化装置として機能するためには、「生まれ」による不利さを埋めなければならないが、 様々な格差は早い段階で存在し、それは縮小せずに学年が上がるにつれ拡大する傾向にある。ただし、これは現在の教育制度に格差縮小機能がないことを意味しない(第6章で国際比較を行う)。もし義務教育がなかったら、第1章で実証的に示したように学歴によって教育に対する 価値志向が異なるので、親のSESによる格差はいっそう大きく拡大するはずだ。(本文より)
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冒頭でも書いたように、私の出身高校はランク的にはかなり低い高校。

<本文引用>------------
退学が現実的な選択肢であるのは、低SES・低ランク校だ(表5-5)。これは学科などを調整しても同じで、SESとランクはそれぞれ中退者の有無と関連している(松岡2019)。中退者は出さない・全員卒業させるという規範の有無で、教師の生徒に対する関わり方も異なるのではないだろうか。トラッキンッによってSESと学力の学校間格差を作り出すことは中退があり得る前提で教師が生徒と関わる学校――生徒指導上の問題が集積した教育困難校(古賀2001など)・課題集中校(伊藤2013)を制度的に作っていることを意味する。
なお、中退率が10%以上の学校は全体のうちの6%で、平均SES・ランクはそれぞれ39.37だ。どの地域にあっても「底辺校」と呼ばれるランクだが、SESが低いことに留意したい。
家庭で困難を抱えた生徒たちが、学力を向上させることなく制度的に教育が困難な課題を抱えた「中退がふつうにあり得る」学校に集められているのだ。中退した先輩がロールモデルになって同じ道(高校中退の中卒)を歩むことになっても不思識ではない。(本文より)
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「SES」
「Socio-Economic Status」の略で「社会経済的地位」という意味だそうです。

そもそも勉強をやる気がない、大学に行く気もない生徒が大半の学校で勉強するのは、結構きつかったです。
こういう学校に通う生徒にとって、私のような人間は、異質なヤツ、ノリが悪いヤツということで、ほっといてくれればいいものを、色々邪魔をしてきます。

「無視する」これなんてむしろラッキー。
困るのは、「教科書をこれ見よがしにゴミ箱い突っ込む」、「体育の競技では反則のタックルかけられる」、「試合前にユニフォームをゴミ箱に突っ込む」という行為。

そもそも勉強をすることがない人間を学校に行かせても、やることないから、こんなことばっかりやるのは想像できます。

教育に関しては、私、勉強したい人が勉強できないという「機会の格差」あってはならないと思っています。
でも、数学や物理や国語など、もう勉強したくないと思っている人間を無理やり学校に通わせるのもどうかと思っています。
また、親がそもそも勉強することに価値を持たない親の子どもが、「勉強したい」と言い出し、それを親が邪魔するような場合、子どもを親から離していいのか。

<本文引用>------------
必修化は子供たちのためだけではなく、教師にとって大きな便益をもたらし得る。教師自身が「平等化」という高尚な理念の具現化を託されていることを把握し、なぜ自分が育ってきた「常識」と合致しない言動をする層がいるのか、その背景を理解することは日々の教育実践で役立つはずだ。たとえば、低SES層の児童・生徒や親がどんな困難を抱えているのかわかれば、不要な反目を避けることができるし、低い学力や学習意欲に引っ張られて低い期待(第5賞)を持ってしまうことを回避できる。また、「大卒で教師」という自分の立場そのものが、低SES層の親と距離を作っていること(Lareau 2003. 2011)を自覚すれば、対話のエ夫もできる。 実際に現場の実践で応用できる知見は多いのだ。
もし教育格差を教えない教職課程の現状を放置するのであれば、比較的高SES層が教師となり、低SESの児童と親に対して(悪気のないまま)低い教育期待を持つという負の連鎖が続くことを制度として看過していることになる。それは「平等化」機能を託された教育制度の中における矛盾を放置する過失なのだ。(本文より)
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そんな親に対し、親の状況を踏まえつつ、丁寧に子どもの未来への道を切り開いていくような教師の存在が必要というわかですね。


◆頭の中でシンクロした他の完読作品

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■読んだきっかけ:NHK Eテレ『学びたいのに学べない』
■読んで知ったこと:「意図的養育」と「放任的養育」。
■今度読みたくなった作品:『教育論の新常識-格差・学力・政策・未来』松岡亮二
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