『Voice 2026年1月号』

高圧経済、統合運用、責任ある積極財政。


20262月に投開票された衆議院選挙。

自由民主党が歴史的な大勝利を収めた一方、立憲民主党と公明党の衆議院議員のみにより結党された中道改革連合は党の重鎮が悉く落選しました。

中道改革連合の落選議員の多くが口にするのが「高市総理は何も政策を語っていない」です。

私には結構、政策を言っていたように思うのですが、中道改革連合の落選議員には「何も語っていない」と見えたようです。

それよりも私、中道改革連合の候補者の口から出る言葉の多くは、政権与党の批判、悪く言えば悪口ばかりに聞こえ、「「何も政策を語っていない」ように見えました。


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書名:『Voice 20261月号』

著者:Voice編集部

出版:PHP研究所(2025.12

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本誌はPHP研究所が発行する月刊の総合論壇誌。

本号の特集は

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特集:2026年の世界

特集:時代と対話する「音楽」

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です。


特集「2026年の世界」に若田部昌澄氏(早稲田大学政治経済学部教授/日本銀行前副総裁)が寄稿する「歴史的転換点に挑むサナエノミクス」。

高市政権が進める経済政策を解説しています。


<本文引用>------------

たどさらに具体的な政策論で言えば、サナエノミクスの基礎には、「高圧経済」と「統合運用」という考え方がある。「高圧経済」は、元を辿ればJ・M・ケインズに行き着く。「景気循環に対する正しい対策は、好況を除去し、それによってわれわれをいつまでも半不況の状態におくことではなく、不況を除去し、それによってわれわれをいつまでも準好況の状態におくことでなければならない」(『雇用・利子および貨幣の一般理論』東洋経済新報社、三三三頁)。


「高圧経済」と「統合運用」のミックスが高市政権の進めようとする経済財政政策なんですね。

この考え方を3つに分けて解説しています。

<本文引用>------------

第一に、総需要の維持は前提条件である。「高圧経済」では、総需要と総供給の相互依存関係が重要である。経済を温め続けることで、家計と企業の行動変容を促す。その成果は、人手不足を背景に中小企業のソフトウェア投資が急増し、労働市場で若者、女性、高齢者の労働参加が増えているように、すでに起きつつある。(本文より)

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<本文引用>------------

第二に、総供給の強化が必要である。米中貿易戦争、地政学的リスク、経済安全保障をふまえて、サプライチェーンの再構築が課題である。(本文より)

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<本文引用>------------

第三に、政策の「統合運用」である。最近のインフレがコスト・プッシュ的要因とディマンド・プル的要因が混在しているように、時として問題の解決には複数の政策を組み合わせることが必要になる。

(本文より)

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高市首相が何度も口にする「責任ある積極財政」。

同氏は「責任ある積極財政」についても解説しています。


<本文引用>------------

サナエノミクスの財政政策、金融政策運営に注意点はないだろうか? まず、財政政策から検討しよう。高市総理の唱える積極財政については、日本の財政の持続性を脅かすという懸念の声がある。

高市総理のスローガンは「責任ある積極財政」である。これは三つのことを意味している。第一に、高市総理は繰り返し、財政の持続性の重要性を否定したことはないと言っている。問題は、歴史が証明しているとおり、増税と支出削減では財政の持続性が実現しないということだ。むしろ、経済成長こそ恒久財源であり、経済成長なくして財政再建はない。

そこで第二に、成長に貢献する政府支出は投資として捉える視点が生まれる。借金をしても費用を上回る収益が生まれ、資産が残るのであれば、それは望ましい。

そこから第三に、純債務対GDP比率を緩やかに下げることを目標とすべきという主張が出てくる。メディアなどでは債務残高そのものや総債務対GDP比を見て、日本の財政を語る傾向がある。しかし、仮に政府支出が良質の投資であるならば資産が増えるのだから、純債務で見るのが正しい。また、借金は返済能力と対GDP比率で見るのが正しい。

なお、インフレが復活し、名目GDPが順調に成長していることで税収が増え、純債務対GDP比率は、急速に改善している。日銀の資金循環統計によると、二〇二五年第2四半期には二〇〇九年以来の最低水準である八三%にまで改善している(図2)。(本文より)

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本誌が発売されたのは202512月。

そこから逆算すると、この原稿が書かれたのは、202511月頃だと考えられます。

202511月頃は高市政権誕生直後ですから、その時点から、かなり経済財政政策をオープンにしていたんですね。


本号では「第三十四回山本七平賞発表」の記事がありました。

受賞作品は渡邉雅子氏の『論理的思考とは何か』。

選考委員の一人、長谷川眞理子氏の選評「不毛を解消するための 「気付き」を与えてくれる」。


<本文引用>------------

「論理的思考」というと、ただ一つだと思われるかもしれない。私自身、そう思っていた。しかし、違うのだ。何をめざして論じるかが違えば、話の組み立ては変わり、言い方も変わる。じつは、どんな目的であれ、話の流れ自体はどれも「論理的」なのだが、話す目的が違うと、「論理」の組み立てが異なる。そこで、目的や価値観が異なる人びとのあいだで議論が起こると、互いに相手のいっていることは非論理的だと非難しあうことになる。本書は、そんな不毛を解消するための気付きを与えてくれる。

世の中には、経済、政治、法技術、社会といった、異なる問題の領域がある。経済領域では、投入した努力に対してどれほど効率的に結果が得られるかが中心課題であろう。しかし、政治は、異なる意見の人びとが集まって住むときに、最大の善を引き出すにはどうするべきか、という問題設定をもつ領域である。これは、経済とは違う話だ。

さらに、これらの異なる価値観による「論理的」な思考のどれを国家の基本とするかが、国ごとに異なる。そして、それが各国の「作文」の教育に如実に表れているという。筆者は、アメリカ、フランス、イラン、日本の作文教育を取り上げ、それぞれが、「経済」「政治」「法技術」「社会」を主たる価値観としていると示す。こうして、各国の思考の「くせ」が、教育で伝えられていくのだ。(本文より)

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これ読んだだけで、読みたくなってしまいました。


◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『Voice 20261月号』 

『中央公論2025年12月号』

『Voice 2025年1月号』 


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■読んだきっかけ:『Voice 202512月号』Voice編集部

■読んで知ったこと:高圧経済、統合運用、責任ある積極財政。

■今度読みたくなった作品:『Voice 20262月号』Voice編集部

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Voice 2026年1月号 - Voice編集部
Voice 2026年1月号 - Voice編集部



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『月刊正論2026年1月号』

プレストンカーブ。


以前読んだ『文藝春秋202312月号』

国民医療費の約四十五兆円のうち、半分以上を医師などの人件費が占めるということを知りました。

この四十五兆円の国民医療費の内訳を患者別で見ると、約六割が高齢者分だということを知りました。

で、この費用を負担するのは現役世代。

現役世代の負担軽減と「応能負担」の徹底は大切なテーマですね。


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書名:『月刊正論20261月号』

著者:月刊正論編集部

出版:日本工業新聞社(2025.12

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本誌は197311月創刊の保守系の言論誌。



原英史氏(政策シンクタンク代表)の連載「暴走する新聞報道」。

今回は「「長寿大国」ニッポンの終焉」です。


<本文引用>------------

医療改革は近年しばしば争点になる。令和七年には高額療養費の見直しが大問題になった。日本維新の会は、OTC類似薬の保険適用見直し、高齢者の応能負担徹底などにより、医療費四兆円の削減を唱えている。自民・維新の連立で、高市政権は医療改革に取り組む方針だ。

こうした「医療改革」は多くの場合、「医療費削減」と同義だ。改革推進派は、「費用削減・効率化の余地があるはずだ」と唱える。一方、反対派は「費用削減のために命を犠牲にするのか」と抗する。これが基本的な構図で、マスメディアもこれに沿って報道・ 主張することが通常だ。

たしかに「医療費削減」は重要だ。 このまま膨張すれば、現役世代の負担がさらに重くなる。若者の未来を損ないかねない。だが、課題は本当にそれだけなのか。 思うに、こうした論点設定の暗黙の前提が「日本は世界屈指の長寿大国。長寿実現は日本の優れた医療のおかげだ」という定説だ。改革推進派もここはあまり争わない。だから、費用削減だけが争点になり、結果的に「日本の優れた医療を守れ」という主張に軍配があがりがちになる。また、それ以外の論点が見落とされることにもなるわけだ。

しかし、そもそも前提とされる定説は正しいのか。コロナ期には一時、「日本の医療システムの欠陥」への問題提起もあったが、ほとぼりが冷めて忘れられつつある。(本文より)

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同氏は実際のデータを使って、「長寿大国と医療」の神話を検証します。


<本文引用>------------

図1-cでは、先進二十三ヵ国で、平均寿命が二〇〇〇年から何歳延びたかを比べている(コロナ期の増減は国による差が大きいので、二〇一九年までの延び幅で比戦)。日本は、シンガポール・韓国などはもちろん、伝統的な長寿国(スイス、北欧諸国など)にもおくれをとり、低位グループに属す。ちなみに、米国だけは突出した低迷ぶりだが、これはあとで触れるように例外的要因があり、米国と比べて安心してはいけない。

平均寿命より、「健康寿命を重視すべき」との考えも広がっている。寝たきり状態で長生きするより、健康に長生きすることが大事だ。そこで、図1のd~fでは、 健康寿命のデータを示した。

健康寿命も同様だ。こちらは、すでに二〇一〇年代後半にシンガポールに追い抜かれ、僅差だが二位に転落している。

要するに、平均寿命も健康寿命も、日本は「世界一の長寿国」から転落しつつある。「一位じゃなくてもいいのでは」との意見もあるかもしれないが、他国にだんだん追い抜かれ、「かつては長寿大国だった国」になっていくとしたら悲しいことではないか。(本文より)

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今の日本は「世界一の長寿国」ですが、これが変わりつつある状況になっているようです。

「世界一の長寿国」の要因として頻繁に取り上げられるのが、「日本の医療制度」です。


<本文引用>------------

なぜ、日本の寿命の延びは鈍化しているのか。第一に考えられる要因は、経済低迷だ。

医療経済学では「プレストンカーブ」の存在が知られている。医療経済学者のサミュエル・プレストンが一九七〇年代に示したもので、図2-aのように、一人当たりGDPの高い国ほど平均寿命が長い。経済発展で衛生状態、各種インフラ、住環境などが改善するため、特に発展途上国では影響が強く(傾きが大きい)、先進国ではなだらかに上昇する。近年の実測データでも一定程度成り立つとされることが多い。(本文より)

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1975年に社会学者のサミュエル・プレストンが提唱した「プレストンカーブ」。

公衆衛生や経済学において非常に有名なグラフで、「国の経済的な豊かさ(一人当たりGDP)」と「平均寿命」の相関関係を示したグラフです。

本誌を読んで初めて知りました。


この理論では単に「金持ちの国は長生き」と言っているわけではないようです。

お金だけで寿命を無限に伸ばすことはできない「経済成長の限界」とともに、同じ経済水準(一人当たりGDP)であっても、時代が進むにつれて平均寿命のライン全体が上にシフトしていくという「技術革新の影響」という示唆を与えてくれるものなんだそうです。


こうしたデータから原氏は一つの問題を提起しています。


<本文引用>------------

要するに、日本の医療の優れた点として、「安い医療費で高度な医療」、「フリーアクセス」、豊富な医療設備などが唱えられるが、どれだけ「長寿実現」に貢献してきたかは不明だ。ここまでのデー夕をみる限り、むしろ食生活や経済状況などのほうが強い決定要因になっていたのでなかろうか。

問題は、それにもかかわらず、 「長寿を守るため、日本の医療の現状を守らなければならない」との主張がなされることだ。例えば、高齢者の応能負担拡大の議論 に対し、日本医師会は「負担率を高めれば受診控えが生じ、重症化しかねない」と反対し続けてきた。これはどこまで危惧すべきなのか、他国の自己負担率などとも比べ、徹底的に検証したらよい。

本稿では、あくまで簡単なデー夕整理に基づく問題提起を行っている。より本格的な分析が多面的になされることを期待したい。(本文より)

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正しいデータから正しい原因を特定し、それを解決するための方法を提示する。

これこそが政策シンクタンクなんですね。



私が視聴しているインターネット番組「ニッポンジャーナル」。

2025年07月20日に投開票された第27回参議院議員選挙で、この番組の出演者二人が当選しました。


石平氏(日本維新の会参議院議員)と山田吉彦氏(国民民主党参議院議員)の対談「新参議院議員対談 与野党に分かつとも、友であり同志」。


<本文引用>------------

石  そうですね。おそらく山田さんも同じだと思いますけれども、私が選挙に出たのは当時の石破政権の政策に対する危機感と反発があって、どうしても現場に立たなければならないという思いからでした。ただ、先の参院選で、私と山田さんとは親友でありながら、同じ全国比例区でライバルになってしまった。しかも私は厚かましくもそのライバルに選挙期間中、尖閣諸島に近い沖縄・石垣島で現地の話を聞きたいから適当な人を紹介してほしいと依頼して、紹介してもらった(笑)。

山田  (笑)こうした問題は一人でやるより二人で取り組んだほうがいいですし、私は選挙で落選するという感覚がありませんでした。やりたいこと、訴えたいことがありすぎて、あまり選挙で落ちることに考えが及ばなかったのです。 投開票日の翌日未明になってなかなか当選確実が出なかったので、初めて焦り始めましたが(笑)。

石  私も落ちる心配はしていませんでしたが、なかなか当確が出なかった。ホテルの一室で開票を待っていて、その間にワインを一本、空けてしまいました(笑)。

山田  私は静岡のローカル局で、開票速報番組に出演していました。でも番組中に自分の当確は出ず、選挙事務所に戻って、朝方に事務所で当確を待ちながら皆でラジオ体操をやっていたのです。その様子を動画投稿サイトのユーチューブで流していたら、大バズリしました(笑)。

石  お互い当確の後、電話で「一緒に頑張ろう」 と祝意を伝えました。なかなかこういう、友人同士が同じ選挙で一緒に国会に入るというケースは珍しいのでは。ちなみに参院議員会館では、山田さんの部屋は私の部屋の真上です。私は毎日、山田さんの足元で仕事をしています(笑)。(本文より)

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この選挙当時は石破政権でした。

当選当時はお二人とも野党の議員でした。


202510月、石破総裁の後に総裁となった自由民主党の高市早苗総裁と日本維新の会の吉村洋文代表、連立政権合意書に署名した。

石平氏が所属する日本維新の会は与党として政権運営に加わることになりました。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『月刊正論20261月号』 

『文藝春秋202312月号』


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■読んだきっかけ:『月刊正論202512月号』月刊正論編集部

■読んで知ったこと:プレストンカーブ。

■今度読みたくなった作品:『月刊正論20262月号』月刊正論編集部

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月刊正論 2026年 01月号 [雑誌] - 正論編集部

月刊正論 2026年 01月号 [雑誌] - 正論編集部




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『中央公論2026年2月号』

「保守」と「極右」を分けるポイント。


2026年1月19日、高市早苗首相は首相官邸での記者会見で、1月23日に衆議院を解散する意向を正式に表明しました。

これに対し、すかさず野党は反発。

様々な理由で「解散批判」を展開しています。

一番私が耳にしたのが「大義がない」。

でも、これまでの衆議院解散って、衆議院議員全員が納得する「大義」があった解散ってあったかなあって思いました。

あと、「こんな受験の時期に」と「こんな豪雪の時期に」も耳にしました。

じゃあ、「衆議院の解散は12月から3月に行わないものとする」みたいな法律でも作ればいいのになあって思いました。

でも、そうすると、「こんな梅雨に時期に!」「こんな暑い時期に!」「」こんな台風の時期に!」って言ってくるんだろうなって思いました。

まとめると、野党にはやってほしくないタイミングでの衆議院解散だったというわけですね。


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書名:『中央公論20262月号』

著者:中央公論編集部

出版:中央公論新社(2026.01

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本誌は中央公論新社が発行する月刊総合雑誌。

本号の特集は

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特集:令和の「保守」を読み解く

特集:今年こそ外国語!

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です。



私は自分は「リベラル保守」だと自認しているのですが、野党の「われわれはリベラル保守だ!」というのを聞いていると何とも違和感があります。

また、「我々は保守だ!」と言っている政党の主張を聞いていると、「ちょっとそれって右に寄り過ぎていない?」なんて思ってしまいます。


特集「令和の「保守」を読み解く」では宇野重規氏(早稲田大学教授)と遠藤晶久氏(東京大学教授)が保守を巡っての対談「「〔対談〕E・バークから高市政権、参政党まで 排外主義の危機に保守が果たすべき「責任」」。


<本文引用>------------

宇野  「保守と極右はどう違うのか」 というのは、重要かつ深刻な論点だと思います。もし、高市自民党が、現状に対する不満を掬い上げる方向に純化していくならば、その差はなくなっていくでしょう。

しかし、保守には極右とは違う大事な特徴があって、それはこの政治制度なり体制なりをきちんと維持していく、という使命感です。体制は、自然に続いていくものではなくて、誰かが意識的に支えていかなくてはならないわけですね。保守には、それをする責任があります。その感覚を持てるかどうかが、分水嶺になるのではないでしょうか。

遠藤  責任というのは、非常に重要なワードだと思います。

宇野  例えば外国人問題についても、国民の持つ不安感は理解しつつ、拙速に受け入れを止めたりしたら、社会が回らなくなることを正面から訴え、解決策を提示していく。目先の票に目を奪われれば、本当に保守の崩壊を招くかもしれません。

視点を変えると、極右にブレーキをかけるのが、今の保守に課せられた重要な役割なのではないでしょうか。かつて社会主義にストップをかける存在だったように。これはリベラルなどには無理で、彼らと接点のある保守にしか担えない任務です。(本文より)

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なるほど、現在の政治体制とどのように付き合おうとしているかが「保守」と「極右」を分けるポイントなんですね。

これって、「革新」と「極左」にもあてはまりそうですね。


家族とジェンダー。

「保守」を掲げる人たちと、「保守以外」を掲げる人たちがぶつかるネタです。

筒井淳也氏(立命館大学教授)が特集「令和の「保守」を読み解く」に寄稿する「家族とジェンダーを巡る議論はなぜ対立するのか ――立ち返るべき「熟慮の原則」」では、双方の主張の根拠を冷静に分析します。


<本文引用>------------

このような一貫しない姓制度の展開においてすでに、日本の家族が複雑な歴史を歩んできたことがみてとれる。日本で徳川時代を通じて浸透した家制度においては、中国のような厳しい父系制をなぞることが難しい。日本の家制度は、直系家族制(子のうち一人だけが跡継ぎとなる制度)を基本としつつ、家を存続させるという目的を優先させるために、他氏族からの養子、姉家督(女性による継承)、氏族内婚といった、厳密な父系制からすれば考えられない選択肢を許容してきた。そうしないと家が途絶えてしまうからだ。これに対して中国の伝統は直系家族制ではなく共同体家族制(兄弟間の序列を想定しない)であり、家・世帯の単位の存続はそれほど気にされないが、それを超えた氏族全体の継続は重視される。

いずれにしろ現在の日本の姓制度は、父系制、家制度、脱中国・西欧化を目論んだ政府の思惑が混ざり合った結果なのだ。

もうこの時点で、「家族や姓の伝統」を語ることがいかに骨の折れる作業なのかがわかるだろう。これ以上詳しく論じることは紙幅の都合でできないが、歴史に触れてみれば、日本の家族制度は双方的出自原理をベースとして、父系制、家制度、直系制、そして西欧的原理が複雑に絡み合って展開されてきたのであって、「日本の伝統」を短く語ることは不可能だということがわかる。だからこそ、保守派が守ろうとする「日本の伝統」が、その実、西欧的要素であった、といった混乱が生じる。

もっとも、現代の保守派はナショナリズムや排外主義と結びつきやすく、選択的夫婦別姓制度に対してソーシャルメディアでは、「戸籍制度が壊れて外国にルーツを持つ者が入り込みやすくなる」といった主張が頻繁になされている。ここでも保守主義の立場に立つならば、排外主義のスローガンに引きつけられて早計に判断をする前に、落ち着いて戸籍制度について基本的な仕組みや歴史を勉強してみよう、できれば実績のある研究者による専門書をいくつか読んでみよう、と呼びかけたくなるはずだ。じっくり勉強してみないとわからないのは何も歴史だけではない。(本文より)

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へー、現行の「戸籍制度」って、なんか、いろんな制度を盛り込みながら、いろいろ調整した産物なんですね。

筒井氏は、こうした勉強不足をリベラル側にも向けます。


<本文引用>------------

勉強不足が目立つのは決して一部の保守派だけの特徴というわけではない。

「日本における男女平等の遅れ」を強調したい一部リベラル派寄りのメディアが毎年恒例のようにとりあげる、ジェンダーギャップ指数という指標がある。この指標では、日本(2025年報告書では118位)がニカラグア(同18位)やルワンダ(同39位)よりずっと下位に位置づけられている。世界的な機関(世界経済フォーラム)が示す日本のこの低順位が、特定の立場からすれば自らの主張―――たとえば日本のジェンダー面での後進性―――を押し通す際にもってこいの材料なのだ。

しかしニカラグアは、10代女性への性暴力の広がりなどを背景として、日本と比べものにならないほど、未成年出生率や妊産婦死亡率が高い。女性の健康と権利を巡るこれらの深刻な問題を差し置いてニカラグアがジェンダーギャップ指数ランキングで上位にくるのは、未成年出生率や妊産婦死亡率が男性について定義できないためだ。男女の差が定義できる数字のみを用いる同指数では無視されてしまうからだ。

日本は確かに、経済的に同水準の国のなかでは女性の管理職比率が非常に低い、男女賃金格差が大きいなど、ジェンダーギャップの点では大きな課題を抱えたままだ。この問題に関しては、ジェンダーギャップ指数を啓発的にとりあげることには意味がある。また、ジェンダーギャッブ指数はその数値の特性上、経済が発展した社会に適した指標であるから、日本の都道府県のジェンダーギャップ指数を算出して政策の参考にするといった活動は理にかなっている。

ただ、男女格差のみから構成されるという指標の特性を十分に理解せず、自己の主張に都合がよいからと無条件に受け入れることは、女性にとっての現実的かつ深刻な問題から目をそらすことにつながりかねない。人々の福祉を考える上で「ギャッブ」を冷静に位置付ける留保が必要だ。(本文より)

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なんか、不勉強な人同士が知識不足の状態で激しく舌戦を繰り広げているみたいですね。

筒井氏は、知識不足者同士の議論から一歩引き、「正しい知識を持った者同士」の「知識ファースト」を展開します。


<本文引用>------------

本来の保守主義が本領を発揮するのは、「特定の理念に依拠しつつ、社会を更地にして一から構築しよう」という急進的改革派の主張が人気を集めたときだ。私たちが生きる現代社会では、そこまでの急進派が支持を集めることはほとんどない。だから本来の保守主義から今を生きる私たちが受け取ることができる方針は、「冷静に経緯や事実を把握してから判断しよう」という部分だけだ。それでも、何らかの理念――― 「伝統」でも「日本ファースト」でも「男女平等」でも――に過度に引きずられつつ、確認された事実に基づいて現状を丁寧に位置付けていく作業をスキップしてしまう立場が優勢になったとき、それが「保守派」によるものでも「リベラル派」によるものでも、適度な留保を付ける態度こそが保守主義の矜持であろう。

ここでは保守主義を以上のように 「熟慮の原則」として現代的に再定義した上で、「知識ファースト」と呼んでみたい。(本文より)

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SNSを中心に繰り広げられる言説は、あまり考える必要が無く、パっと反応しがちなものが多いです。


<本文引用>------------

ごく短いメッセージや断片的な映像を資本の論理で大量に流通・消費させるソーシャルメディアの発達の影響もあるのだろうが、現在の保守・リベラルを巡る言説の特徴は、本来ならば丁寧に関連付けるべき文脈から切断された情報の上滑りと、やりとりの噛み合わなさにある。基本的事実の地道な確認、双方の主張のポイントを丁寧に腑分けした上で議論するスタイルは、しばしば後景に退く。そんな面倒な作業は省いた上で、短時間で相手をやり込める(かのような)スカッとする(気がする)発言や情報がアクセスを集め、 消費される。気持ちよくさせてくれる断片的情報の消費が目的なのだから、議論が深まることはない。

しかし歴史や事実というのは、そんなにすっきりさせてくれるものではない。社会について学ぶことは、当初シンプルに考えていたこととは異なる事実を知る経験の連続である。その認識の漸次的な更新こそが、社会についての学問の面白さだ。ただその面白さは、複雑なことを複雑なまま理解するという骨の折れる作業の先にある経験である。

おそらくだが、強固な主張を展開する人でも、落ち着いて学ぶ経験を経由すれば、当初の主張がいかにシンプルな――したがって現実を説明する力を持たない――認識に基づいたものであったのかを感じることが多いはずだ。考えて発する前に踏みとどまってじっくりと知る、知識ファーストの方針こそ、本来の保守主義のそれだ、ということを強調したい。(本文より)

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一見わかりやすい「わかりやすい言説」には冷静に対処したいですね。


冷え込む日中関係と言われていますが、その原因が高市首相の発言と言われています。

川島真氏(東京大学教授)が寄稿する「高市発言と日中対立 現状変更を狙う中国の戦術を読む」では、高市発言から中国の外交戦略を冷静に分析します。


冒頭、川島氏は高市発言を冷静に分析します。


<本文引用>------------

2025年11月7日、衆議院予算委員会で高市早苗総理は、日本の集団的自衛権について、立憲民主党の岡田克也議員から「どういう場合に存立危機事態になる」のかと聞かれて、「実際に発生した事態の個別具体的な状況に即して、全ての情報を総合して判断」すべきものだと応じた。また、存立危機事態の内容については、「事態対処法第2条第4項にあるとおり」と答えた。その第2条第4項には、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう」と記されている。

それに対して岡田議員は中国が 「海上封鎖をした場合、存立危機事態になるかもしれない」と言っているのかと確認しつつ、「例えば、台湾とフィリピンの間のバシー海峡、 これを封鎖されたという場合」であっても、迂回などすれば、「別に日本に対してエネルギーや食料が途絶えるということ」は基本的にないのではないかと述べ、「どういう場合に存立危機事態になるのか」と問いただした。ここで高市総理は、事務方が準備した書類を離れて発言することになったのだろう。

高市総理は、「台湾に対して武力攻撃が発生する、海上封鎖というのも、戦艦で行い、そしてまた他の手段も合わせて対応した場合には、武力行使が生じ得る」とし、さらに 「例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されることでございますので、そのときに生じた事態、いかなる事態が生じたかということの情報を総合的に判断しなければならない」と踏み込んで答弁した。岡田議員はさらに、「今

の答弁では、とても存立危機事態について限定的に考えるということにはならない」し、「非常に幅広い裁量の余地を政府に与えてしまうことになる」として強い懸念を示した。

それに対して高市総理は、「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれない」とした上で、「それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースである」と考えると明言した。 これが問題視されている発言だ。

だが、ここでの議論で明確なように、存立危機事態とは事態の性質により判断されるものであり、なおかつ「米軍が来援をする」ということが、基本的に、集団的自衛権の適用の前提とされている。無論、個別事例への総理大臣による言及という意味で高市発言は異例であるが、内容としては安保法制の審議の際の政府答弁からも、また従来の政府の安全保障政策からも、逸脱したものではないだろう。(本文より)

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要するに、個別事例を首相が発言したことを除けば、日本の主張は変わらないということなんですね。

わざわざ、こんなことを首相に発言させ、「国民感情のコントロール」を掲げる立憲民主党。

立憲民主党と公明党の衆議院議員は2026年1月、政党「中道改革連合」を結党しました。

そんな立憲民主党の過去の対中外交政策を紹介しています。


<本文引用>------------

例えば、2012年に民主党の野田佳彦政権が「現状維持」のために尖閣諸島の私有地を購入して国有地にしたときも、日本政府が「島を購入」して「現状変更をした」と中国政府は喧伝し、反日デモが行われ、尖閣周辺の領海と接続水域に中国の公船が侵入するのを常態化した。2014年11月に日中間で4項目合意が成立して安倍晋三総理と習近平国家主席の日中首脳会談が実現したが、それでも尖閣周辺の海域への中国の公船の侵入は継続し、現在に至っている。中国は相手を責めつつ成功裡に現状変更をしたのだ。

そもそも、現状変更したのは中国側であった。2008年12月8日に、中国の公船が初めて尖閣諸島の領海に「侵入」した。この行為に日本の保守系政治家が強く反応し、尖閣の私有地を買い取って灯台などを建設しようとする計画を立てた。それでは日中間で衝突が起きると懸念した民主党政権は、まさに「現状維持」 のために政府が私有地を購入した。しかし、中国は日本こそが現状変更をしたとの「物語」を創出して喧伝し、自己正当化しながら、現状を変更したのである。(本文より)

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なんか、中国と親和性の強い政党なのか、中国を怒らせたい政党なのか、よくわかりません。


そんな対中関係の悪化ですが、どこまで悪化しているのか?

浦上早苗氏(経済ジャーナリスト)が寄稿する「過剰反応は禁物だが、楽観も許されない 政治が揺さぶる日中ビジネスの現場」。


<本文引用>------------

中国政府による圧力は、高市発言から7日後の11月14日、中国外交部が「中国人が襲われる事件が多発」「政治家の挑発的な発言が日中交流の雰囲気を著しく悪化させ、中国人の安全にリスクをもたらしている」ことを理由に日本旅行の自粛を呼びかけたことに始まる。

そこから数日、日本メディアは相次ぎインバウンドへの影響を報じた一例を挙げると「人的往来の中止相次ぐ 日本旅行や自治体交流に影響航空券50万件キャンセルか」(11月18日、時事通信)、「『予約ゼロ苦しい』中国団体客がキャンセル、航空便減便の動きも」(11月22日、毎日新聞)などだ。

タイトルを追うとキャンセルの雨あられという印象を受けるが、報道機関の記者はこういうとき、「影響がある」との声をピンポイントで拾って記事をつくるのが常である。

そして記事をよく読むと、中止になっているのは団体旅行であることが分かる。旅行代理店の関係者や中国側の情報によると、多くが内陸部や東北部を出発地とする国有企業による旅行や教育旅行だったという。

団体旅行の実施の可否を判断するのは旅行代理店か主催者(企業)だ。中国政府が自粛を呼びかけた以上、キャンセルに動くのは当然だろう。

中国から団体旅行客を多く受け入れている宿泊施設、観光地にとっては大打撃だが、煽り気味の報道とは裏腹に、インバウンド業界の受け止め方は比較的冷静だった。

というのも、中国人の団体旅行は日本のインバウンドにとって、もはや主役ではなくなっているからだ。(本文より)

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浦上氏は中道改革連動の代表である野田佳彦氏が政権を担っていた民主党政権での尖閣諸島問題の時の中国の対日感情と、今回の対日感情を比較します。


<本文引用>------------

台湾有事に関する高市首相の発言から始まった摩擦だけに、2010年から12年にかけての尖閣諸島問題をめぐる反日デモを連想する人も少なくないだろう。中国に住む日本人は、日本の友人たちから「そっちは大丈夫なのか」と心配されることが増えている。しかしそれも報道のミスリードだ。尖閣諸島問題のときとは違い、中国では不買運動や抗議活動は起きていないし、日本ブランドは通常運転を続けている。

12月6日には回転ずし店「スシロー」が上海に初出店し、14時間待ちの行列ができたという。

尖閣諸島問題や東京電力による福島第一原子力発電所の処理水海洋放出の際は、中国人は安全や権利を脅かされたと感じ、日本に厳しい目を向けた。

一方、今回の日中摩擦は中国政府が始めた「プロレス」で、それに従うか否かは国民がある程度自由に判断できる。だから航空会社に便を要請する事態になっているのである。(本文より)

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そこに日本メディアの対応を指摘しています、


<本文引用>------------

日本メディアの多くは、中国側の陽動作戦に踊らされ、過剰反応し、分かりやすい部分だけを盛んに報じている。その報道が中国で切り取られ、「日本が動揺している」と伝えられる。(本文より)

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野党と日本のメディア。

何やってんでしょうかね。


メディアには、それぞれ主義主張があるんでしょうが、私はメディアに対しては「事実」を「知識ファースト」で報じてもらいたいと願っております。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『中央公論20262月号』 

『「答えを急がない」ほうがうまくいく あいまいな世界でよりよい判断をするための社会心理学』 

『「わかりやすさ」を疑え』

『「反権力」は正義ですか』 

『「差別はいけない」とみんないうけれど。』 

『みんな政治でバカになる』

『バカと無知』


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■読んだきっかけ:『中央公論20261月号』中央公論編集部

■読んで知ったこと:「保守」と「極右」を分けるポイント。

■今度読みたくなった作品:『中央公論20263月号』中央公論編集部

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中央公論 2026年2月号 - 中央公論新社
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