『「嫌われ者」の正体:日本のトリックスター』

人々が持つ「関心」への鋭い嗅覚。


2025年3月10日のNHK世論調査。

年代別の政党支持率を見ると、各年代でトップは自由民主党かな?と思うと1つだけ、トップが自由民主党でない年代がありました。

それは、40台で、トップは国民民主党です。

他にも気になるのが、れいわ新選組。

れいわ新選組がトップになっている年代は無いものの18~39歳と3位、40代と50代は4位、60代が5位、70代は9位となっています。


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書名:『「嫌われ者」の正体:日本のトリックスター』

著者:石戸諭(著)

出版:新潮社(2024.11)

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著者はノンフィクションライター。

その言動に対し熱狂的に支持される一方で、熱狂的に嫌悪される著名人(団体)について解説しています。


取り上げる著名人(団体)は

・ 玉川徹  権力批判は最高の素材である

・ 西野亮廣

・ ガーシー

・ 2022年の旧統一教会

・ 吉村洋文

・ 山本太郎

です。


読んでいて感じたのは、これらの人たちが持っている、今の市井の人々がパっと食いつきそうなネタへの嗅覚の鋭さです。

人々が持ちそうな「関心」。

その「関心」のうち、「怒り」や「覗き見精神」をうまくつかんでいるように思いました。


玉川徹氏については、こんな風に解説しています。


<本文引用>------------

彼がテレビで語っていることは時の政権との相対的なポジションで決まる。政権が右と言えば左だと言い、左だと言えば右だと主張する。玉川はワイドショーの構造をよく知っている。視聴者に受けるのは、知的で論理的に正しいお行儀良いコメントではない。コメンテーターには感情を表現することが想像以上に求められる。テレビという感情を伝播するのにこれ以上ないメディアにおいて、現代に彼以上にこうした役をこなせる人はいない。感情を伝えるのもまた役割なのだ。(本文より)

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伝えるのは「正しさ」よりも「感情」といったところでしょうか。


<本文引用>------------

あまり感情を表に出さない羽鳥のプレゼンは流麗ではあるが、論理やファクトだけでは人に伝わらないものがある。怒り、悲しみ、不安――時に過剰なまでに伝播しやすい感情を盛り込みコメントすることで初めて届く視聴者がいることを、玉川は体感的に知っている。それは科学的にも正しい。少なくない人々は、明確な間違いを指摘されても、自分の世界観に合わなければ、自らの世界観にさらに固執するというバイアスも持ち合わせている。(本文より)

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「ファクトで語れ」とか「ファクトに基づいて決めろ」と言われる一方、採用から始まって、評価に至るまで、常に「感情」が影響する現実の組織。

「感情」の強さは痛いほどわかりますね。


山本太郎氏については、こんな風に解説しています。


<本文引用>------------

手早く撮影を終えてからのインタビュー(「ニューズウィーク日本版」2019年1月5日号)のなかで山本はいくつか興味深いことを語っていた。過去にあれだけこだわっていた反原発運動から「お金」に主張の軸を変えたことについて――。

「人々の関心という点で考えるなら、目の前の生活がやはり大事になります。人に政治の話を聞いてもらおうというときに、原発や被曝だとどうしても入り口が狭くなりますよね。原発問題に関心を持ってもらうためにも、最初は入り口を広げておくんです。扉を最大限に広げていくためには、経済政策が大事ですよ。例えば、原発問題でもお金に絡んだ話をしたときは、足の止まり方が全然違ったんです。街頭で語っていても、経済政策を語ったときのほうが反応してくれる」(本文より)

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山本氏は狙っているのは「関心」なんですね。


<本文引用>------------

とりわけ面白かったのは、私が「自分の政治的スタンスをどう捉えているのか」と聞いたときのことだ。彼は非常に印象的な「フリースタイル」という言葉を用いて熱を帯びた口調で説明を始めた。

「右派か、左派かなんていうのは、私にとっては重要ではない。それは人をカテゴライズするのに便利で万能なのかもしれないが、はっきり言ってどちらにも興味がない。私は右派でも左派でもなく、フリースタイル」

この発言は、山本太郎というポピュリズム政治家を象徴しているように思えた。中心にあるのは、強固かつ体系的なイデオロギーではなく、あくまで「スタイル」という言葉に集約されるものだ。理論よりも戦い方にこだわりを見せる。これが既存の左派勢力との違いだ。インテリの「あなたの立場は~~主義なのに政策が矛盾しているではないか」といった論法は彼には無効化する。そもそも体系的な「主義」がないからだ。

強大な既得権益に立ち向かうというスタイルこそが山本のすべてであり、彼への期待感が膨らむ原動力になっている。「主義」へのこだわりが薄いからこそ、右派と左派で見解が対立するはずの平成の天皇(今の上皇)についても、彼は「父親のような存在だ」と実にあっさりと語ることができる。それこそが普通の感覚だろう、と言わんばかりに。(本文より)

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なんか「ポピュリズム」というものの具体例を見せられた気がします。


著者は熱狂的に支持する人、熱狂的に嫌悪する人を否定しない代わりに、冷静に「熱狂の先」について思いをはせることを勧めます。


<本文引用>------------

彼らはメディアをにぎわす「一発屋」のようなものだが、一発がないままに去っていく政治家よりははるかに際立った個性がある。しかし、一発ではやがて支援者のあいだにも違和感がやってくる。最初期の一発は大切なことまでは認めるが、政治家の本当の力量は一発で惹きつけた先に試されるものだ。

メディアは一発の大きい花火に注目するが、華々しく散った後には何も注目しない。ポピュリズム一本でほとんど革命に近いダイナミックな変化を叫ぶよりも議会の中で継続的に活動し、小さな花火を打ち上げながら政党として成長を目指したほうが変革に近づくのだが、それはムーブメントとは縁が遠くなり、やがて普通に議会にいる一派になることを意味する。

コアな支持者を手放すリスクを負いながら、綱渡りのような組織運営ができるのか……。多くのポピュリストたちは地道さを嫌い、常に大きな花火を打ち上げようとするが中途半端なものでは支持者を刺激することすらできない。組織を強くしていくという方向を取ることもできるが、それはポピュリストから「政治家」への変化となり、普通の存在になる。結果、魅力が薄れて社会から忘れられていく。幾度となくみたその時々の「新党」や「新しい政治家」の成れの果てだ。(本文より)

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「ポピュリズム政治家」が「現実の政治家」に変わるポイントがここにありそうですね。



あと、個人的に取り入れてみようと思ったメソッドを見つけてしまいました。

それが西野亮廣氏のエピソードです。


<本文引用>------------

本章の冒頭で紹介した西野のオンラインサロンでは、一つの絶対的なルールが明記され、機能していた。

「『指摘』はいいが、『批判』は禁止。指摘の最後は必ず『フォロー』の言葉で終わること」 西野にとってのサロンは、批判なき優しい共同体を志向する場であり、そこは西野の実体験から生み出されたポジティブな「物語」と行動で溢れかえっている。

オンラインサロンなどで提供されている「物語」と、作品を通じて打ち出される価値観は同じで、「夢を信じているものは笑われる」である。サロンの外部から西野に向けられる批判は、「また誰かが笑っているんだ。それも西野さんが走り続けている証拠」 と解釈されて、支援者同士の結束を高めるだけで終わる。

安易な批判はほぼ無効化している。(本文より)

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このエピソードのタイトルは「否定も批判も織り込みながら肯定し続ける」。

これは実践してみたいですね。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『「嫌われ者」の正体:日本のトリックスター』 


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■読んだきっかけ:Amazon

■読んで知ったこと:人々が持つ「関心」への鋭い嗅覚。

■今度読みたくなった作品:『「“右翼”雑誌」の舞台裏』梶原麻衣子

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「嫌われ者」の正体―日本のトリックスター―(新潮新書) - 石戸諭
「嫌われ者」の正体―日本のトリックスター―(新潮新書) - 石戸諭










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