『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』

図れるから「図る」のか、意味があるから「図る」のか?


私はX(旧Twitter)を毎日見ています。

見ていると、「おおっコレは!」なんて金言名言を拾うことがあります。

そんな名言の一つがこちら。

「マスコミが数を持ち出してきたら割合を見る、割合を出してきたら母数を見る」。

これは、働き方改革総合研究所株式会社代表取締役で、働き方や、メディアリテラシーを高めるための情報を発信をしている新田龍さんのお言葉。

これを頭に入れておくと、メディアが発表するニュース、特に“数字”を持ち出してくるニュースの見方が変わります。

こういう金言名言がスマホがあれば得られる時代。

凄い時代になったものです。


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書名:『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』

著者:ジェリー・Z・ミュラー(著)、松本裕(訳)

出版:みすず書房(2019.04)

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著者はアメリカカトリック大学歴史学部教授。

測定によって得られた値が持つ問題点を解説します。


翻訳ものです。

原題は『THE TYRANNY OF METRICS』。

直訳すると『指標の暴政』です。



そもそも、測定された値にどれくらい意味があるのか?


<本文引用>------------

本書で見ていくが、測定基準の改竄はあらゆる分野で起きている。警察、小中学校や高等教育機関で、医療業界で、非営利組織で、もちろんビジネスでも。そして改竄は、報酬や懲罰の根拠に実績基準を使うと必然的に起こる問題のひとつでしかない。世の中には、測定できるものがある。測定するに値するものもある。だが測定できるものが必ずしも測定に値するものだとは限らない。測定のコストは、そのメリットよりも大きくなってしまうかもしれない。測定されるものは、実際に知りたいこととはなんの関係もないかもしれない。あるいは、本当に注力するべきことから労力を奪ってしまうかもしれない。そして測定は、ゆがん知識を提供するかもしれない――確実に見えるが、実際には不正な知識を。(本文より)

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「測定値」って、当たり前ですが、「測定できる値」。

「意味があるか無いか」よりも、「測定し易いかし難いか」によって、その「測定」が採択されてしまう。

そんなこともあり得る可能性があります。


<本文引用>------------

人間には、もっとも簡単にできる要素に焦点を絞ることで問題を単純化するという性質がある。だがもっとも簡単にできるものがもっとも重要なものであることはまれで、実際にはまったく重要ではない場合がある。これが、測定基準の欠陥の中で第一の要因だ。

これに近いのが、求められる成果が複雑なものなのに、簡単なものしか測定しないというものだ。ほとんどの仕事には複数の責任が伴い、ほとんどの組織には複数の目標がある。たったひとつの責任または目標集中させることは、しばしば欺瞞的な結果につながる。(本文より)

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そもそも、「測定すること」を後押しするものは何なのか?


<本文引用>------------

「説明責任」「測定基準」「実績指標」は、文化的ミームとなった。それらを受け入れることは歴史的進歩の列車への乗車券が約束されるということで、政治家や行政の長、大学の学長、学校の校長なら誰も乗り遅れたくはないだろう。測定基準が法貨になると、それを使うことを拒否すれば破産のリスクを負うことになる。選出議員や財団の経営者からはきっちりやれというプレッシャーがかけられる。(本文より)

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確かに、仕事をやっていても

「頑張りました!」

よりも

「売上が120%向上しました」

のほうが評価されますからね。


「測定すること」の負の側面も紹介します。


<本文引用>------------

皮肉なことに、当時の多くの批判者たちが見たように、測定執着の中核である定量化可能な目標への固執は――資本主義を信じていると主張する政治家や政策決定者たちによってほとんど実施されているにもかかわらず――ソビエト的システムの本質的欠陥の複製なのである。ソ連圏の政策決定者たちが各工場に生産目標を設定したように、官僚は測定可能な実績目標を学校や病院、警察、企業に課している。そしてソ連の経営者たちが過重に設定された数値目標を達成するために手抜き製品を生産したように、学校や警察、企業も、それぞれの手抜きで目標を達成する方法を編み出している。学校は最低限の技術しか身につけていない生徒を卒業させ、警察は重窃盗を軽犯罪レベルの軽窃盗と格下げし、銀行は顧客向けにダミー口座を開設しているのだ。(本文より)

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確かに、共産主義に「測定すること」が組み合わさった時の恐怖。

なんかいろいろと歴史が教えてくれますね。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』

『社会科学のための統計学入門 実例からていねいに学ぶ』

『図解 統計学超入門』

『経済指標 読み方がわかる事典』


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■読んだきっかけ:図書館

■読んで知ったこと:図れるから「図る」のか、意味があるから「図る」のか?

■今度読みたくなった作品:『因果推論の計量経済学』川口康平、澤田真行

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測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? - ジェリー・Z・ミュラー, 松本裕
測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? - ジェリー・Z・ミュラー, 松本裕










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