『世界インフレの謎』

供給不足によるインフレと需要過多によるインフレ。


以前、コールセンターの会社で勤務していた時、コールセンターのアウトソーシング化の提案をしていました。

提案先は某クレジットカード会社が自社に持つカード部門をコストダウンするためのアウトソーシング化。

役員への最終提案では役員から「それでお宅(私の会社です)はどれくらい利益が出るの?」と聞いてきました。

すると私の上司が「○○円くらいです」と回答。

すると、その役員は「へー、じゃあ○○円、値引きできるね。それ、引いた見積をまた提案してよ」と言ってきました。

外注先が利益を出すことを許さないスタンス。

決してクレジット業界では大手とは言えない準大手の会社でも、外注先にはこんなスタンスなんだなと驚きました。

2024年3月7日、公正取引委員会は、日産自動車に対し、下請代金支払遅延等防止法に違反する行為が認められたことを勧告しました。

2021年1月から23年4月の間に行っていた支払い代金からの減額は約30億。

1956年の下請法施行以来で最高額、1社当たりの最高額は約11億円だったそうです。

下請け企業への値引き強要は、下請け企業の体力を弱め、下請け企業の社員に対する賃金上昇力を奪います。

国が中堅中小零細企業の賃金上昇を高めるためのスタンスの強さを感じました。


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書名:『世界インフレの謎』

著者:渡辺努(著)

出版:講談社(2022.10)

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著者は日本銀行出身で、東京大学大学院経済学研究科教授で、キヤノングローバル戦略研究所研究の主幹。

2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵略のことから目立ち始めた世界インフレの原因を解説します。


最近の物価高騰。

私は基本的に自炊派なので、しょっちゅうスーパーに行きます。(ただ、根っからの吝嗇なので、高いものは買いませんが・・・)

2022年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、いろんなものの値段が上がった印象があります。

高級食材が上がってもあまり気になりませんが、サラダ油、マヨネーズ、カレールウなども上がってきました。


ニュースでもウクライナ関連のニュースが多く、そこでは、原油の供給が難しくなっているとか、黒海から小麦の輸出ができなくなったなどの経済ニュースも取り上げられます。


そうなると、値段が上がっている値札を見ても、「ウクライナでいろいろあるからなあ」と勝手に納得してしまいます。

こうした状況に著者はデータを使って「違うよっ!」と教えてくれます。


<本文引用>------------

ロシアのウクライナ侵攻がインフレの大きな理由だとする見方が広く受け入れられているのは、直感的にわかりやすい説明だからでしょう。経済制裁の一環として、欧州がロシアからのエネルギー輸入を制限していること自体は、たしかに事実です。西側世界全体でみると使える原油の量が大きく減り、それにともなって原油価格が急上昇したと解説されてきました。小麦価格についても、欧州の穀倉地帯と言われるウクライナからの輸出が戦争によって滞ったことが影響していると言われています。たしかに、モノが不足すればその値段が上がるというのは、とてもシンプルで強力な説明です。

ですが、実はこれらはインフレを生じさせた理由の一端ではあるにしても、決して最大の理由だとは言えません。なぜかと言うと、米国や英国、そして欧州のインフレは、実は2021年春からすでに始まっていたからです。戦争が起こる前に始まっていたのだとしたら、それはすなわち、戦争が原因ではないことの明確な証拠になります。(本文より)

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ウクライナ関連のファクターは主要因ではなく、主要因による影響を後押ししているファクターということなんですね。

では、世界インフレが始まった時期と合致するファクターは何か?

それが「コロナ禍」だとしています。


<本文引用>------------

人類はこれまで多くの自然災害や戦争を経験し、それらは経済にも大きな爪痕を残しました。なかでも、日本人にもっともなじみのある自然災害は地震です。地震は工場やオフイスなどを壊してしまいます。つまり、資本の棄損です。また、地震は多くの人命を奪うので、労働も棄損します。資本と労働が一瞬で消えてしまうので、それまでと同じように生産を続けることは到底できません。資本の修復にはたくさんの時間とおカネがかかります。労働の修復にはさらに長い年月を要します。そのため地震の直後に経済活動が元に戻るとは、誰も考えません。

では、パンデミックが収束すれば経済は元に戻ると経済学者たちが考えたのは、なぜでしょうか。それは、資本も労働も、そして技術も棄損していなかったからです。巣ごもり中に、経済で使われる資本の量はたしかに減りました。ですが、それは一時的に使われなかっただけで(遊休化)、機械や設備、建物が消滅したわけではありません。そこは、地震と大きく異なる点です。(本文より)

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コロナ禍がもたらした生産活動の停滞は製品・サービスの「供給不足」を引き起こします。

「商品棚に棚がない」、だから値段があがる(インフレになる)ということなんですね。


「物価目標」に「インフレターゲット」。

よく「2%程度」なんて言われます。

でも、物価上昇だっらた「0%」がいいのでは?

そんな風に思っていました。


日本のインフレ率は世界レベルで最下位囲。

物価が上がっていないことが「良」であれば、なんか良いように思ってしまうのですが・・・。


<本文引用>------------

「最下位」の何がダメなのか


ところで、「最下位」で何がまずいのでしょうか。GDP成長率のような数値であれば高いほうがよいに決まっているけれど、インフレ率は高いほうが困るのだから、最下位でよいじゃないかと思う方もいると思います。ベネズエラやスーダンはもちろんのこと、米国や欧州諸国でもインフレ率が高すぎることが問題になっているのであり、だからこそ、これらの国では中央銀行や政府がインフレ率を下げる施策を懸命に打ち出しているのです。しかし、高すぎるインフレ率が望ましくないのと同様に、低すぎるインフレ率も困りものです。多くの中央銀行が採用しているインフレターゲティングという制度においてその目標値を「2%」としているのには、それより上がまずいというだけでなく、それより「下」も望ましくないという意味もあるのです。

それにしても2%というのは不思議な数字です。物価は上がりもせず下がりもせず安定しているのがいちばんというのが健全な常識だとすれば、目標は「ゼロ」になるはずです。なぜゼロではなく2なのでしょうか。「2」という数字の根拠を説明するのは本書の城ので立ち入ることはしませんが、なぜ「ゼロ」ではなく「ゼロを超える数値なのかというのは、本書の主題に深くかかわる点なので、要点だけ説明しておくことにします。(本文より)

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では、どんな背景があるのか?


<本文引用>------------

下にある限界


2022年の米欧のように、中央銀行はインフレが起こると金利を引き上げることで対応します。容易に想像できるように、インフレが激しければその分、金利の引き上げ幅も大きくなります。しかも都合のよいことに、金利は青天井でどこまでも引き上げることができます。ですから、どんなに激しいインフレでも、中央銀行は金利引き上げで十分対応可能なのです。

ところが、インフレ率がゼロを下まわる場合、つまりデフレのときは事情が大きく異なります。インフレで金利を上げるのとは反対に、デフレでは金利を下げるわけですが、どこまでも下げられるかと言うと、そんなことはありません。「マイナス金利」というのを聞いたことがあるぞ、ゼロを下まわる金利も可能じゃないか、というように思われる方もいるかもしれません。たしかに、ゼロを下まわる水準まで金利を下げることはできなくはないのですが、どこまでも下げていけるかと言うと決してそうではなく、金利には下限というものがあるのです。どこが下限かを数字で表すのは難しいですが、研究者のあいだではマイナス2%あたりが下限と理解されています。

デフレが起これば、中央銀行は金利を下げます。激しいデフレであればその分、金利の下げ幅も大きくなります。ここまではインフレのときと同じです。しかし金利には下限があるため、デフレがさらに激しくなると、中央銀行はもう対応できなくなるというポイントに、いつかは突き当たります。

つまり、中央銀行はインフレには強いがデフレに対してはそれほどでもないということです。そうであるなら、平時のインフレ率は「ゼロ」ではなく「ゼロを超える」値にしておくことで、デフレへの備えを厚くするのが賢明ということになります。先進各国の中央銀行がインフレターゲティングの目標値を「ゼロ」ではなく「ゼロを超える」値に設定している理由はここにあります。(本文より)

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中央銀行は金利を上げたり下げたりすることで物価の安定を図ります。

ところが、金利には下限があります。

その余地を残すためにも「2%」は必要なんですね。


世界的なインフにも関わらず、値段の上がり方が緩い日本。

そんな日本を著者は解説します。


<本文引用>------------

日本に「急性インフレ」の治療だけを行うと……


このように、日本は「急性インフレ」と「慢性デフレ」という2つの病を抱えることをデータは示しています。こうした日本の問題の複雑さは、米国と比較すると、よりはっきりと見えてきます。

米国の病は急性インフレだけなので、その治療に専念すればよいことになります。インフレが問題であれば、治療は金融引き締めです。もちろん、どのように、どの程度引き締めるのかという技術的な難しさや、引き締めを嫌がる勢力をどう説得するかという政治的難しさはあります。しかし、少なくとも原理的にはやるべきことは単純で、貨幣量を減金利を上げる。これに尽きます。

実際、米国はその治療をすでに実行に移しています。金融の世界はグローバルにつながっているので、各国の中央銀行が行う金融政策は、多くの場合は同じ方向を向くようになります。ところが、2022年現在、米国が引き締めを始めているのに対し、日本は金融緩和を維持しており、政策の方向が正反対を向く状態となっています。その結果、為替相場が円安方向に不安定化するなど、不都合を引き起こしています。こうしたことを踏まえれば、米国と同じく日本も引き締めに転じるべきという最近よく耳にする主張にも、たしかに一理あると言えるでしょう。

たしかに、日本も米国と同じように引き締めを始めれば、急性インフレという病にはよい効果が期待できます。しかし同時に、引き締めにともない生産や雇用は悪化するので、消費者は生活防衛に走ることになるでしょう。そのとき消費者は、いまよりもさらに価格に敏感になります。そうすると企業は、価格の引き上げによって顧客を失うリスクが高まったと認識し、原価が上昇しても価格を据え置くという姿勢をさらに強めることでしょう。その結果、図4-1のゼロ近辺の品目はさらに増加し、そびえたつピークはもっと高くなります。

このように、金融引き締めは急性インフレという病は癒すことができますが、同時に、日本が長年患ってきている病、慢性デフレをさらに悪化させてしまうことにもなるのです。(本文より)

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日本は「急性インフレ」と「慢性デフレ」という2つの病を抱えているんですね。


日本の「慢性デフレ」の原因は?


<本文引用>------------

動きを停止したのが、モノ価格、サービス価格、賃金の3つ、ほぼ同時だったのは、偶然ではありません。賃金だけが横這いで価格は右肩上がりを続けたとすれば、消費者は生活が成り立ちません。賃金が横這いだとすれば価格も横這いでなければ困るのです。一方、企業にとっては、賃金が右肩上がりで価格は横遣いというのでは経営が成り立ちません。価格が横這いなのであれば賃金も横這いでなければ困ります。

かくして、価格も賃金も同時に横這いというのが、両者の「落としどころ」になったと考えられます。本音を言えば、消費者は賃上げが欲しいでしょうし、企業は値上げが欲しいでしょう。しかしそこまで欲張れないとすれば、三つ巴で横這いというのは、それなりに居心地のよい状態と言えなくもありません。だからこそ、それが長続きしているのでしょう。(本文より)

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消費者と企業と賃金労働者のそれぞれが「希望すること」と「希望しないこと」のバランスを合わせた結果の産物なんですね。


しかし、このバランスが将来に大きな問題を残す可能性があります。


<本文引用>------------

水平線ということをもう少し厳密に言いなおすと、日本の労働者の賃金の「平均」が動いていないということです。平均的な賃金が動かない状況というのは、誰かの賃金は上がるが別の誰かの賃金は下がる、それらを平均すると動いていないということかもしれません。もうひとつの可能性としては、どの人の賃金も動かないのでその平均値も当然動かないということが考えられます。

前者は、パフォーマンスのよい労働者や企業の給与は上がり、そうでない労働者や企業の給与は振るわないということなので、賃金のダイナミズムは確保されています。健全な姿といってもよいでしょう。これに対して後者は、労働者や企業のパフォーマンスとは無関係に誰も彼も賃金が動かないということなので、ダイナミズムは一切ありません。頑張っても頑張らなくても賃金が動かないので、労働のモチベーショも保てず、社会の活力も下がってしまいます。(本文より)

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そこで、現在の日本政府が取り組んでいるのが、現在の「賃金凍結」を解消するための「賃金解答」。


こう考えると、公正取引委員会が日産自動車に対して行ったことも、こうした政府の意向に沿ったものなんですね。


世界的なインフレの原因とは?

物価目標が0%でなく2%の理由は?

供給不足によるインフレと需要過多によるインフレの違いは?

中央銀行や政府は供給不足によるインフレと需要過多によるインフレ、どちらにも対応できる?

などなど、大変勉強になる内容でした。


あと、何か問題が起きると、手近な事象を主要因にしてしまう危険も教わりました。



◆頭の中でシンクロした他の完読作品

『世界インフレの謎』

『物価とは何か』


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■読んだきっかけ:書店店頭

■読んで知ったこと:供給不足によるインフレと需要過多によるインフレ。

■今度読みたくなった作品:『入門オルタナティブデータ ──経済の今を読み解く』渡辺努、辻中仁士

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世界インフレの謎 (講談社現代新書) - 渡辺努
世界インフレの謎 (講談社現代新書) - 渡辺努










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