『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』

妄想癖を悪化させる「鍵体験」。

横溝正史の『八つ墓村』のモデルになったといわれる「津山事件(津山三十人殺し)」。
人との交流が少ない山奥での殺人事件の印象を決定づけた事件だと思います。
田舎で事件があると「現代の八つ墓村!」なんて見出しがついてしまいます。
一方、都会では、複数の方が犠牲になる事件が起きても、「現代の八つ墓村!」なんて呼ばれることはありません。

――――――――――――
書名:『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』
著者:高橋ユキ
出版:晶文社(2019.09)
――――――――――――

著者はフリーライター。
2013年7月に山口県の限界集落で発生した5件の殺人事件・2件の放火事件の真実を探ります。


この事件は集落内の人間関係のイザコザに端を発した事件として報道されていました。

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

これは犯人の自宅に貼られていた貼り紙で、犯行予告ではないかと騒がれました。
でも、著者は取材で、これが明らかな誤解であることを突き止めます。

<本文引用>------------
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」
この貼り紙は当初、ワタルによる事件の犯行予告と思われていたが、そうではなかった。事件の数年前に、河村さんの家の風呂場でボヤ騒ぎぎがあり、その直後に貼られたのだ。そして、その人は「ワタルじゃない」。確信をもって皆が言うのである。(本文より)
------------------------

「皆が言う」

この集落では、ビックリするくらい、他人の話(あんまりよくない話)は話題の中心になっていたことがわかります。

<本文引用>------------
「帰った当時は集落の旅行にでも行きよったよ。それならええわけ。でも、仕事をせん! 村の仕事にも出ん。はしからそうなっていったんや。そりゃ人が相手にせんにゃ」
「もの人にあげるような人じゃなかった。うん、そういうところはなかったですね。飲みに行った人のところに次に行くときさ、ビールの11本ぐらい持って行くとかさ、そういうのが一切なかった」
「なめこがたくさん採れた年に、分けちゃろうと思って、なめこ食べるか? って聞いたら『おう食うど。しいたけは挨臭いから好かんけど、なめこならええど』って。ありがとうはない」
都会から戻ってきた若者――と言っても、すでにこのとき40代半ばだったが――なのに年長者たちに礼を言わず、集落の仕事にも参加をしない。川崎・稲田堤に住んでいた時とは違う尊大な態度のワタルに、郷集落の村人たちは距離を置いていった」(本文より)
------------------------

「ワタル」というのは犯人の保見光成のこと。

内容をそのまま受け止めると、犯人が集落に溶け込んでいないことがうかがえます。

じゃあ、集落の他のみんなは、みんな仲良しなのかと言えば、そうではないようです。

<本文引用>------------
そして、あれが始まった。亡くなって初めて、明かせる本音も村人たちにはあるのだろう。以前の取材では、オブラートに包んだ言い方をしていた村人たちが、口々に語り始めた。
「もともとは偏屈な人じゃ。夜に たくさん酒を飲んでから、なんか考えて気に入らんかったら『あいつ気に入らん』と夜に電話していろいろと言うからねえ。奥さん(聡さん)が『嫌いsじゃ、ああいうことするけえ』とよく言いよった」
「河村さんは敵が多いね、あまりよく言う人はおらんねえ。役場におっても。後輩になる人らに対して、威張りあげちょったから。
そうして『わしは役場で税務をやってきちょるけえ、ああいうことはすぐわかる』ちゅうから、『それなら、ここで皆のためにそれを活かして協力してあげたら一番いいがね』っち言うんじゃが『そんなことはせん』と。
皆が『河村さんもなんかせんね、入らんね』ちゅうが、『わしは入らん』と言うんじゃ。『わしに役をつけて、わしを忙しくしちゃろうと思ってから』とも言うとった。先が先に頭がいくんよね。“こうしゃちゃろうと思って誘うんじゃろう”と」(本文より)
------------------------

なんか、すごい人間関係の集落です・・・。

犯人の保見は、だんだんと被害妄想が悪化している様子がうかがえます。

<本文引用>------------
沖本弁護士は、こう返答している。
「岡田医師から、『妄想性障害の患者に対して、新たな情報を提供すると、これが鍵となって妄想が拡大する傾向がある』旨聞きました。それまでの妄想と新たな情報が結びついて、妄想が広がっていく現象で、鍵体験というものだそうです。(中略)事件の当事者である保見さんに証拠書類を見てもらい、その真偽について意見をもらうことは、真実発見のためには重要なことです。ですが保見さんの場合、証拠を差しえ入れることが、保見さんの精神に悪影響を及ばし、結果的に弁護活動にも支障を来すことになるおそれがありました」(本文より)
------------------------

保見は裁判では無罪を主張しているようです。

<本文引用>------------
人が凶行に手を染めるきっかけのひとつに「経済的困窮」がある。所持金が底を尽きかけてきたことが、ワタルの精神をさらに追い込んでいたことは間違いない。事件を起こした年、ワタルには家財道具を売却した金や、姉からの線香代などで5万9000円の収入しかなく、事件当時の貯金は1627円、所持金は4246円だけだった。約6000円で夏と秋を過ごし、年を越せるだろうか。とはいえ、妄想性障害を患わなければ、おそらく経済的に陥ることはなかったはずであるから、やはり精神疾患が元凶であろう。(本文より)
------------------------

もともと人間関係が悪い中、そこに犯人の妄想癖と、困窮が加わることで、大きな殺人・放火事件につながった。

そんな印象を用いました。


私の実家も田舎です。
主要駅にはバスでしかアクセスできませんし、バスは22:00過ぎればありません。

本作に登場する集落に比べれば賑やかかもしれませんが、それでも、他人への悪口を誘い、その悪口を手に入れたら、その当人のところに行って悪口を暴露し、喧嘩させる。
そんな日常風景を思い出してしまいました。


――――――――――――
■読んだきっかけ:HONZ
■読んで知ったこと:妄想癖を悪化させる「鍵体験」。
■今度読みたくなった作品:『暴走老人・犯罪劇場』高橋ユキ
――――――――――――

615_つけびの村.jpg








『病魔という悪の物語 ――チフスのメアリー』

「健康保菌者」という存在。

2020年の前半は「コロナ禍一色」という感じでした。
豪華クルーゼ船「ダイヤモンドプリンセス号」が港に係留されているニュースを見ているうちに、緊急事態宣言が出て、なんか、勤務も在宅が増え、通勤電車はびっくりするくらいガラガラになりました。
日本では世界から見ると不思議に見えるよな、「国民の自主性に委ねた対策」を実行。
国会では野党が、あいも変わらず、政府の対策批判を展開しています。
ただ、コロナウィルスによる死亡者を見る限り、日本はなかなかどうして、うまくやっているように見えます。

――――――――――――
書名:『病魔という悪の物語 ――チフスのメアリー』
著者:金森修
出版:筑摩書房(2006.03)
――――――――――――

著者は科学思想史、科学史を専門とする大学教授。
かつてアメリカが行なったという、個人を数十年にわたって島に監禁したという感染対策を再検証します。


「チフスのメアリー」

これはチフス菌にかかっているものの本人の自覚もなくいたって元気な賄い婦のメアリーのことです。

メアリーは、1907年から1910年の3年間、そして、1915年から1938年の23年間、合計26年間隔離されました。
メアリーはいたって評判の良い賄い婦。

でも、料理をふるまった家では次々とチフス感染が発生。
本人はいたって元気だが、身体はチフス菌と上手に共存しているというわけです。

<本文引用>------------
このように、一般社会の健康にとっての危険因子が、汚れた環境から、病原菌をもった個人へといわば収飲を遂げようとしているときに、とりわけ健康保菌者が危険視されるようになっていったのは、理の当然だった。
というのは、重い病気に罹った患者は家か病院のベッドに伏せっており、そこら辺を歩き回るということはないからだ。しかも、彼らは一見して、普通の健康状態にはないということが傍目にも明らかなのて、感染を恐れるのなら、近づかないようにするのは簡単だからだ。
ところが、当人はいたって元気、または元気そうに見えるのに、体のなかには危険な病原菌をもっているという健康保菌者の場合には、わけが違ってくる。彼らは、「歩き回る危険性」そのものであり、上記のようなシェイピン的な発想のなかては、とりわけその危険性に焦点があてられるのは当たり前のことだった。(本文より)
------------------------

「健康保菌者」

確かに風邪一つとってもすぐに寝込んでしまう人もいれば、「ちょっと熱っぽいかなあ」って感じで、普通に学校や会社に来る人がいます。
ただ、最近ではインフルエンザみたいに「短期間の急激な発熱」みたいな共通の症状が、なんか当たり前になって、「菌もっているけど症状なし」といった「健康保菌者」の存在を、想像すらしていませんでした。

確かに、「菌持っているんだから隔離するのは当然だろ!」って意見はあります。

私もそう思いました。

<本文引用>------------
この頃のアメリカでは、ただニューヨーク市一つをとっただけても毎年三〇〇〇人から四〇〇〇人の腸チフス患者が出ていたと書いていたことを思い出してほしい。より正確にいうなら、一九〇七年のニューヨーク市内でのチフス者は四四二六人、一九〇八年は三〇五八人だった。そしてアメリカ全土ては、当時だいたい毎年二〇万人前後の患者が発生していた。ということは、三%の発生率というのを一応正しいとすると、一九〇七年のニューヨーク市には一三二人、一九〇八年のニューヨークには九一人のキャリアが誕生し、アメリカ全土では、毎年六〇〇〇人の新たなキャリアが発生するという計算になる。
そのそれぞれが、病院のベッドでじっとしているというわけてはなく、それぞれの日常生活をかかえて仕事をしているわけだから、そのキャリアたち全員を、メアリーさながらに特定し、抱束し、観察し続けることが可能だなどとは、関係者の誰も思っていなかった。(本文より)
------------------------

「健康保菌者」を片っ端から隔離すること自体、現実的ではないようですね。
実際には、メアリー以上に感染者を出していたのに、メアリーのような20年以上も隔離していたケースはないようです。

<本文引用>------------
一九二二年に、ニュージャージー州の当局は、ニューヨーク市のキャリア・リストに載っていながも行方をくらましていたトニー・ラベラ(Tony Labella)を見つけだす。ラベラは、ニューヨークで八七人の人にチフスを感染させ、そのうちの二人を死に追いやったとされているキャリアだ。彼がニュージャージーの当局の関心を引いたのは、その州で 、彼の周辺できらに三五人の発掘と三人の死亡という事件が発生したからだ。もしこれが正しいとすると、彼は総計で一二二人の人に感染させ、五人の人を死亡させたということになる。メアリーの場合では、確認された感染件数の総計は四七人で、死者三人だから、純粋に「社会にとっての脅威」という点だけから見るなら、ラベラの方がよほど大きな脅威だいってもいいように思える。
たが、当局は、彼を二週間拘束しただけで、解放している。(本文より)
------------------------

じゃあ、なんでメアリーは? ということになるんですが、そこには世論感情が入っていたのではないかとしています。

<本文引用>------------
メアリーは、今後食事を作る仕事に就くことはないという誓約書まで書いたにもかかわらず、それを守らなかった。それに、監視の手を逃れて行方をくらました。さらに、偽名を使って仕事をしていたということは、自分が悪いことをしているという認識をもっていたことを意味している。
これは、知らないうちに人に病気を感染させるということから重大な一歩を踏み出すことに等しい。 彼女は、今度は意図的に、人を病気に罹らせることも厭わないという行為にでたということだ。自分が作った料理はひょっとすると人に賜チフスを移すかもしれない。だが、それでも別にかまわない。 自分の生活の安泰と、料理作りの楽しみの方が、他人が病気に罹って苦しむことよりも大切だ。彼女は心のなかてこのように考えたのだろう。だからこそ、賄い婦を続けることができたのだ。彼女は危険な性格と手に負えない気質の持ち主なのであり、社会の側としても、その事実に見合った対処法を採らざるをえない。(本文より)
------------------------

メアリーは最初の隔離の後、自由になっていますが、そこで、誓約を破ったことで、再度隔離されます。

こうなると、現実の感染拡大防止というよりも、懲罰のような色彩が濃くなっているように思えます。


一見効果がありそうな「感染者を片っ端から見つけて隔離する」といった対策を、改めて見つめ直すきっかけになりました。


――――――――――――
■読んだきっかけ:TV『そこまで言って委員会NP』
■読んで知ったこと:「健康保菌者」という存在。
■今度読みたくなった作品:『感染症 広がり方と防ぎ方』井上栄
――――――――――――

614_病魔という悪の物語.jpg








『150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか』

『NATURE』に最も掲載された日本人は南方熊楠。

「この発見は科学誌『NATURE』に掲載された・・・」なんて聞くと、なんとなく、「すごいなあ」とか、「それなら正しいんだろうね」と思ってしまいます。
でも、あのSTAP細胞の論文も『NATURE』に掲載されていたわけですから。
でも、私、そもそも、『NATURE』って雑誌、見たことありません。

――――――――――――
書名:『150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか』
著者:瀧澤美奈子
出版:ベレ出版(2019.07)
――――――――――――

著者は科学ジャーナリスト。
科学誌『NATURE』創刊に歴史から、案外早い段階から日本が取り上げられていたことを紹介します。


<本文引用>------------
natureは1869年11月4日にイギリスのアマチュア天文家、ノーマン・ロッキャーが出版社のマクミラン社の資金提供を受けて創刊し、以降毎週木曜に刊行されました。
natureの創刊がちょうど150年前であったことに加え、それが日本では明治維新(明治に改元された年)からわずか1年しかたっていないことを知ったとき、私は胸が高鳴るのを感じました。(本文より)
------------------------

へー、『NATURE』の創刊時期って、明治維新とほぼ同じなんですね。

日本史では「日英同盟」を教わりますが、イギリスは、アヘン戦争を踏まえ、日本には中国とは違った接し方をしていたようです。

<本文引用>------------
イギリスはそのころアヘン戦争で中国を征服し、インドを植民地化していました。この記事からもわかるように、その大英帝国に対して、近代化以前の丸腰の日本が直接に助力を申し込んだわけです。なんと大胆不敵ではないでしょうか。なぜ日本は、中国やインドのように征服されなかったのでしょうか?
このあたり、詳しくは他書に譲りますが、当時のイギリスの事情からも、日本に学問や技術援助をすることがイギリスの国益にかなっていたと考えられています。
イギリス側の事情はふたつあって、ひとつはイギリスが中国や南アフリカとの戦争で、莫大な出費を強いられていたということです。そこで、植民地文配ではなく自由貿易によってイギリス本国の負担をできるだけ少なくしようとする、「小英国主義」への政策転換が図られていました。もうひとつは、フランスやロシアなどの列強が、日本に接近していたことです。
これらのことから、イギリスは学術や技術支援をとおして、平和的に日本の市場を獲得したい思惑があったとされます。イギリス人たちは、小さな東嶼国であり国家元首がいる日本を「東洋のイギリス」と呼んで、その発展に協力しました。
とくに科学技術の教育の分野では、この記事にあるように「われわれのもとを大使が訪れて視察した」ことで、イギリスが日本を支援する計画が始動しました。(本文より)
------------------------

でも、だんだん、日本を危険視する考え方も出てきたようです。

<本文引用>------------
さて、以上のように日本は西洋文明を猛烈な勢いで取り入れていきましたが、欧米人の目にはどう映っていたのでしょうか。
イギリス人は日本のことを、「東洋のイギリス」と親近感を持って呼んだ一方で、「自分たちが発見したものをなんでも真似する国」など、日本に対して複雑な思いを抱くようになっていきます。ときに私たち日本人が思いもよらないような批判的な言葉を目にします。そう感じさせる文言をnatureにも見ることができます。(本文より)
------------------------

最初は丁寧だった師匠が、弟子のとんでもない成長に恐怖するといったところでしょうか。

<本文引用>------------
初期のnatureに一番多く論文が掲載された日本人は、なんといっても南方熊楠(1867-1941)であり、50編にもなります。これは日本人の最多記録というだけでなく、全世界の科学者でも歴代最多のようです(2005年1月時点での集計)。
夏目漱石と同年生まれの南方熊楠という人物を、一言で形容するのはとても難しいのですが 、あえて許されるなら、「森のなかの知の巨人」と呼んでみたいと思います。故郷の和歌山に隠棲しつつ、超人的な博識を駆使して人文社会と自然科学を横断し、東洋と西洋の思想を融合させようとした彼の学問のスケールの大きさと独創性は、他の追従をまったく許さないもので、人間社会と自然との共生において混迷を深める今日こそ、異議を増すものとして再評価の動きがあります。(本文より)
------------------------

へー、南方熊楠がそんなに取り上げられていたとは。


ちょっと『NATURE』。
実物を読んでみたくなりました。


――――――――――――
■読んだきっかけ:Amazon
■読んで知ったこと:『NATURE』に最も掲載された日本人は南方熊楠。
■今度読みたくなった作品:『世界を変えた150の科学の本』ブライアン・クレッグ
――――――――――――

613_150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか.JPG